言葉にならないこと
それぞれの正義のぶつかり合いであふれている。
きっとこれまでもたくさんあったのだろう。
表から見えるようになってきたということなのか。
いつの時代も倒した者が勝者なのだろう。
そして倒した者が新しい正義をつくっていくのだろう。
しかし負けた者はどこへいくのか。
どちらも勝たない(負けない)正義は成立しないのだろうか。
そもそも正義は必要なのだろうか。
けれどもし、勝者にとっての豊かな世界が、多くの人にとってのひどい世界だったとしたら、倒すことは「これは正義だ!」となるのだろう。
倒したとき、わたしは歓喜するのだろうか。
それとも安堵するのだろうか。
ただすべてに無関心になってしまうのだろうか。
患者さんが多すぎて、市外の患者さんも保健所からの患者さんは、
明日からお断りすることにした。今年3回目の「ダウン」である。
正直、身も心も「ダウン」
サーバーもダウン。
スパム攻撃も増えた。
ボクシングの「ダウン」。
怖くて、発信できない。
なんやねん、この日本。
嫌がらせがスゴイ。
怖い、怖すぎる。
怖くて、寝れません。
敵はウイルスではなく、人間。
それがよく分かった。
アフガニスタンの言語パシュトー語を話す元英陸軍将校のマイク・マーティン博士は、タリバンを一枚岩の単一組織とみなすのは危険だと警告する。著書「An Intimate War(親密な戦争)」でヘルマンド州の紛争の歴史をたどったマーティン博士は、タリバンはむしろ「独立したフランチャイズ業者が緩やかに、そしておそらく一時的に、結びついた連合体に近い」と話す。
博士はさらに、アフガニスタン政府も同じくらい、様々な派閥の思惑で分裂していると言う。様々に形を変えてきたアフガニスタンの歴史は、いかに家族や部族や時には政府関係者さえ、自分自身が生き抜くために、敵味方がめまぐるしく移り変わる歴史だった。
タリバンはほかに、プロパガンダ戦にも勝っている様子だ。これがどういう戦いなのかという説明も、タリバンの方が優れているように見える。
バリー氏は、戦場での勢いがタリバンの士気を高め、一体感も高めていると話す。
対照的にアフガニスタン政府は常に上手を取られ、身内でいさかい続け、将軍を次々とくびにしている。
この街は今も政府が掌握しているが、私が話を聞いたほとんど全員が、タリバンが復活したらどうなるか不安を口にした。特に、これまで「自由」の中で育った若い世代がどうなってしまうのか、本当に不安だと大勢が話した。
和平交渉は頓挫(とんざ)している。タリバンは「イスラム政府」の樹立を繰り返し要求しているが、それは現政府への降伏要求にも等しいように見える。
「我々は外国人を倒し、今では国内の敵も倒した」と、ハジ・ヘクマトは言った。
豪雨で川が氾濫する。
流れはどんどん強くなり
いろいろなものを巻き込んで
流し去っていく。
小さな歪みから…怒号や嘲りが。
それらは蠢いて大きくなっていく。
あとには悲しみ以外の
なにが残るのだろう。
人間自ら監視される環境をつくり
自由を自ら手放してしまっている。
地球にとって人間を
許容できなくなってきているように
人間も人間を
許容できなくなってきている。
これは再生のための破壊なのか。
つらいことがやってきて
暗闇のように感じても
いつか光のある方へ
目が向くといいね。
そのときは
明るい方へ歩いていこう。
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