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自分自身を扇動して、渦にのまれず波に乗る
「プロ奢サロン」というオンラインサロンで「大衆扇動」について学ぶ機会があった。
そこで学んだことを振り返り整理し、そして自分の生活にどのように活かしていくか考えてみようと思う。
大衆扇動に必要な要素は?
大衆扇動には真・善・美の3つの要素がカギになる。
①真
今どうなっているのか?
どのような状態や立場になっているか?
それらを聴衆に示し、理解や確認をさせる。
②善
変化、過去との決別の必要性を訴えかける。
③美
「共に~していこう!」感情に訴えかけ
未来への希望を大衆ひとりひとりにビジョンを描かせる。
これらはまるで曲のようであり、Aメロ・Bメロ・サビがある。
神秘的な曲は、バラードのように静かでありながらそこには強い存在感がある。
魂に訴えかけるような熱い曲は、自分の中で大きな炎となりその場にいるものすべてと一体となる。
大衆扇動を効果的に行うにはその他にもいくつか大切なことがある。
・サビはシンプルに何度も繰り返し、リズムを作る
・神秘的な要素が必要
(会場を教会にしたり、時間を夜にするなど)
・最後はポエムのように詩的にする
・内容はそれほど重要ではない
これらの要素を知ることで、興味のなかった選挙演説も楽しんで聞けるようになった。ここがサビなのか~などとおもしろがることができる。
では、どう活かすのか?
結論に進む前に、「夜と霧」というナチスの強制収容所の体験に基づいた体験記の話をしておきたい。
著者のヴィクトール・E・フランクルはこの本の中でこのようなことを言っている。
「もはやなにも残されていなくても、愛する妻を想い描くことですぐそばに感じることができそのほほ笑みは、たった今昇ってきた太陽よりも明るくわたしを照らした。この瞬間、愛する妻が生きているかどうかは、わからなくてもまったくどうでもよかった。」
このひとりひとりの人間にそなわっているかけがえのなさは、意識されたとたん、人間が生きるということ、生きつづけるということにたいして担っている責任の重さを、そっくりと、まざまざと気づかせる。自分を待っている仕事や愛する人間にたいする責任を自覚した人間は、生きることから降りられない。まさに、じぶんが「なぜ」存在するのかを知っているので、ほとんどあらゆる「どのように」にも耐えられるのだ。
わたしたちは、おそらくこれまでどの時代の人間も知らなかった「人間」を知った。では、この人間とはなにものか。人間とは、人間とはなにかをつねに決定する存在だ。人間とは、ガス室を発明した存在だ。しかし同時に、ガス室に入っても毅然として祈りのことばを口にする存在でもあった。
これらのことをふまえると
人間は生きる意味が必要で
それは現実離れしていてもかまわないということだ。
嘘だろうが夢物語だろうが関係なくて
重要なのは自分自身に疑いを持たせないこと。
徹底的に信じ込ませること。
それには期日を設けないことも重要だ。
期日を迎えそれが叶わないとき
その小さな灯は灯すことを拒みはじめる。
そうやって生きる意欲はいともかんたんに失われてしまうのだ。
自分自身を扇動してみないか?
この学んだ扇動を自分自身につかってみるのはどうだろう。
まず自分の置かれている現状を理解する。
そして不安や不満、根っこにある悲しみに焦点をあて寄り添う。
それができたら、理想の未来を頭の中に鮮明に思い描く。
これらをノートに書きながら行うことで、
ときに呟きながら行うことで
自身を扇動することはできないだろうか。
沈む夕日を眺めながら…
夜ねむるとき暗闇のなかで…
現実かどうかは関係ない
現実になるかどうかなんて関係ない
大切なのは自分自身に
どれだけ信じ込ませることができるかなのだから…
あなたが思い描くのはどんな未来なのだろう…