情熱の仏、阿弥陀仏③:誓い
前回は「歎仏偈」を通して菩薩だった頃の阿弥陀仏の決意を確認しました。今回は「三誓偈(重誓偈)」を通して誓いに込められた想いを確認していきます。前回とは異なり、「正信偈」を「梵文無量寿経」で補足しながら「三誓偈」までの経緯を記していきます。
その後三誓偈を紹介しますが、前回同様私がサンスクリット語から翻訳したものです。
法蔵菩薩の願い
「法蔵菩薩因位時 在世自在王仏所」の部分は前回の歎仏偈に対応する部分ですが、残した方がわかりやすいので記載しました。
さて、引用文で強調表示した箇所が正信偈(覩見諸仏浄土因~)に対応する部分です。しかし、正信偈と経典の現代語訳を比較すると出来事の順序が前後しているように見えます。これは、正信偈が仏説無量寿経(康僧鎧)を元に作成されており、仏説無量寿経(康僧鎧)と梵文無量寿経の出来事の順が異なっているからです。
仏説無量寿経はさまざまな意図があって再構成しながら翻訳されたと考えられますが、梵文では別々の箇所の2つの偈文が漢文では合体している(東方偈)など、大胆な編集がなされているため注意が必要です。
弥陀の誓願~三誓偈
ここから法蔵菩薩は48の誓願(梵文では47)を説きます。仏説無量寿経の最重要部分ですが、今回は三誓偈がテーマですので割愛します。
三誓偈
私が悟りを得ても
これらの優れた誓願が満たされないようであれば
私は最勝の者、仏の十力を持つ者、無比の者、供養に値する者にはなりません
私の築き上げる世界が
持たざる者の前に清らかな光明をもたらし
苦しむ人々に安楽を与える場所でないようであれば
私は人々を導く王にはなりません
私が悟りを得た後
私の名が十方の仏の世界にすみやかに広まらないようであれば
私は力を得て世界の導き手になることはありません
私が欲望を満たすことを喜び
卓越した悟りを求めるためにさまざまな事物を認識、思考、理解することを
投げ出してしまったならば
私が世界の導き手としての力を得ることはありません
主(世自在王仏)よ
私は比類のない美しき輝きによって
四方八方の仏の世界を照らし
欲望、憎悪、迷いを鎮め
地獄界の煙炎を弱めましょう
私は力強く輝く大いなる眼を開いて
人々の暗闇を取り除き
機を逃さなかったすべての者たちを
無限の輝きへと導きましょう
空に浮かぶ月や太陽の明かりも
宝石のきらめきも、神々の放つ光も
すべて霞んでしまうでしょう
これまでの清らかな行いによってもたらされた仏の輝きは
それらの光を超越するものですから
苦しむ人々の宝となる最勝の者に並び立つ者は
どこにも存在しません
百千の善行を実現し
私は人々に力強く法を説きましょう
私は過去に悟りを開いた方々、何事にも依存しない方々を敬い
無量の誓願の行を修し、卓越した智慧を求めます
誓願の力を満たす仏として
悟りに至ったお方(世自在王仏)よ
人々の王たる仏がとらわれのない見方で世界を見るように
事物には三種の形成過程があることを知るように
私もまた
卓越した者、供養を受けるに値する者、優れた知恵を持つ者になり
人々の導き手となりましょう
人々の王たる仏(世自在王仏)よ
私の誓願が満たされ、悟りに至るのであれば
世界を振動させ
神々を遣わし天空から花を降らせてください
すると大地は震え、空から花が舞い落ちた
また、数百の楽器が鳴り響き
天界の麗しい白檀の抹香が振りまかれた
そのようにして、ダルマーカラが
確かに仏になることがこの世界において示された