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やるか、やらないか ~2025清水エスパルス始動を前に~

「J2でチャンピオンになってJ1に戻る」———そう宣言して始まった2024シーズンの清水エスパルスは、見事にその目標を達成しました。久しぶりのミッションコンプリートにホッとした感情も出てきますが、前回J1に復帰した2017シーズン以降、残留争いの常連から抜け出せないまま2度目の降格となり、初めて2年間のJ2での戦いを味わった中でのJ1復帰ですから、長いスパンで見れば、過去最低の成績から這い上がっているレベルだということも認識しなければなりません。

2024シーズンはなぜ結果が出て、それまではなぜうまくいかなかったのか。そこを紐解きながら、5年続いたシーズン途中の監督交代に代表される“負の連鎖”は断ち切れたのか、エスパルスは上昇曲線に入ったのか。秋葉監督が就任してからのJ2での戦いを観てぼんやりと考えていたことを、J1での戦いに入る前にスッキリさせようと、まとめてみることにしました。


秋葉清水の原点

まず前提として挙げたいのは、秋葉監督が率いるチームの原点は、就任する直前の2試合、つまり2023シーズンのJ2第6節(1●3群馬)と第7節(0●1甲府)にあるということです。戦力的に図抜けていると言われながら、開幕5戦5分けで迎えたこの2試合は、僕の目から見ると“走らない”“闘わない”、サッカーの根本的なところで準備ができていない状態で、悪い意味で記憶に残っています。ゼ リカルド前監督が考える戦術の中身の問題というより、決められたポジションに立って戦術を遂行することばかりに意識がいき、相手ゴールを陥れる、自分たちのゴールを守るという根本的な部分が抜け、スコア以上にあっさりと負けたように映りました。それではどういう戦術でも結果は出にくいですし、当時の体制はチームを躍動させるマネジメントができていなかったと言えます。

そこでコーチから昇格した秋葉監督が、まず“解放”という言葉を使い、あれこれ考える前に持っているものをそのまま表現するよう選手に求めました。当時の状況では一番良い方法だったと思いますし、1年でJ1に戻るというミッションが明確だったことで選手たちも“やる”意思を見せ、監督交代後の35試合で取った勝点は69。急ごしらえで詰めが甘く最後に悔しい思いをしたものの、一定の結果が出たことで体制が継続された2024シーズンは、「超攻撃的に、超アグレッシブに」という示された方向性で“やり続ける”覚悟をどれだけ持てるかの勝負でした。秋葉監督の考えを知る選手が増えたこと、分析担当が3人になって作戦を立てやすくなったこと、そこに途中就任の反町GMが監督経験者らしく現場のバックアップを優先しながら宇野やアジズを獲得したことなど、スタッフも含めたマネジメントがうまくいった結果の優勝だったと思います。

『ONE FAMILY』の名のもとに、クラブを結束させるシンボルとなった秋葉監督は、底抜けに明るい人柄で、清水という街を理解してくれ、スポンサーはじめ多方面の支援者への感謝を忘れず、ポジティブマインドを持ちにくかったチームに光をもたらしました。落ち込んでいたチームを引っ張り上げてくれたことだけでも評価しなければならないですし、僕は本当に感謝しています。

“解放”の代償

ただ、選手たちを“解放”して1年半が経った今のサッカーは、躍動する試合もある一方で、大雑把になりました

例えば、ボールを持っていない時。2024シーズンの失点38は1試合平均1点で悪くはないですが、本能のままボールホルダーに近づいていき、人がいるべきところにいないという危険な場面が散見。住吉が身体能力を活かし奪い切る、原が気を利かせて跳ね返す、最後は権田がしのぐ、というように個々の頑張りでなんとかしている場面が多いのは、どの試合でも見られたことです。

ボールを持っている時もそう。乾が下がってボールをもらい、彼のキープ力によって前に進めることができるのはチームの強みの1つですが、相手も乾がキーマンだと分かっています。そこでパスコースを探しているうちに選択肢が減り、苦し紛れに出してカットされる、というシーンは頻発しています。住吉や蓮川が出したパスをカットされて自らすぐ回収する、ということも一度や二度ではなかったです。

戦術を中心に見ていると、「これでいいのか」と思う場面は他にも多くありました。ここに今のチームの特徴が出ていると思っています。

秋葉イズムとは

僕は前向きなミスをしても何も言わないですし、いくらしてもいいんです

https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/football/jleague_other/2024/06/28/post_78/?page=2(Sportiva)

こう言う秋葉監督に率いられたチームは、ミスをしても取り返して、また前を選択するということを自然とやるようにはなりました。「超攻撃的に、超アグレッシブに」というのは、恐れずに“やろう”というニュアンスが含まれているはずです。だからこそ、住吉や蓮川のようなスピードとフィジカルを併せ持った選手を配置し、個人でも守れるように担保していると言うこともできますし、J1での戦いに向けて以下のような話をしていることからも、レベル差を補うのはまず個だ、という志向がうかがえます。

まずは個のところ、組織でどうこうしようだとか、小手先に何とかしろなんてまったく思っていないので、まずは攻守において、とんでもない個、強烈な個になるように、また日々精進していきたいなと思います

https://www.at-s.com/life/article/ats/1588756.html(SBS静岡放送)

しかしながら能力が高い選手を揃えても、ミスが頻発してそのカバーが続けば、選手も人間なので負担は増します。ミスを少なくして負担が軽減できるならそれに越したことはありません。J2ではそのミスが致命傷にならなかったとしても、J1では致命傷になる可能性はある、ならばミスが起きないような工夫、より丁寧にプレーすることも必要ではないか?という部分が、余白が多く作られているこのチームの改善すべき点です。よりスピーディーになっている今のサッカーでは考えるヒマがないので、選手が判断に困った時の道しるべになるものがあれば、もっと効率の良い方法を学べれば、選手はプレーしやすくなると思うんです。

エスパルスはここにジレンマを抱えていると思っています。

低迷から導かれたマインド

山室晋也社長と大熊清 前GMを迎えた2020年以降、チームはいろいろなサッカーに取り組んで、スタイル構築にチャレンジしたものの、道半ばで頓挫しています。招いた監督やコーチはそれぞれしっかり理論を持っていたと思いますが、エスパルスではその提示された戦術がなぜ有効なのか?という部分が弱く、戦術を信じることで頭がいっぱいになる傾向が否めませんでした。だから最初は意欲的に取り組んでも、結果が伴わないと焦るばかりでミスを怖がり、次第に積極的なプレーを“やらなく”なっていきました。

かたや秋葉監督は選手にあれこれ要求するのが好きではないと認めています。でも同じ選手がいない以上、選手の判断全てを容認するとチームがバラバラになります。そこを最低限の約束事で束ねて引っ張ったのが、2024シーズンの“チーム秋葉”の優れていたところです。J2にもかかわらず代表経験者がいて、乾もあれだけハードワークするわけです。選手の活かし方を考えれば「乾にあの負荷のかけ方はどうなんだ」となりますが、自由にやらせたいからこそ、どこかで束ねなければならず、秋葉監督はその軸をフィジカル、運動量に設定しました。2023シーズンは慌てて施した“解放”だったので基準が緩かった反省もあったと思いますし、技術があっても体力がなければ使わない、試合に出たら後ろ向きなプレーはやらない。あとは、これとこれだけ頼む!というように。その方針にブレがなかったことで、自由にプレーしたい選手、約束事の中で特徴を出したい選手それぞれ、低迷するチームを変えようと食らいつき、“やり抜き”ました。

最初にも触れましたが、サッカーは点取りゲームです。じゃあどうすれば相手ゴールを陥れやすいか、自分たちのゴールを守りやすいか、ということを考え始め、そこで戦術が出てきます。この考えが抜け落ちると、戦術のための戦術になっていきます。秋葉監督が提示しているのは、シンプルに相手ゴールに向かいましょう、だから優先順位は相手の背後。攻めるにはボールを奪う必要があるので、そこで負けない。奪えないならゴールを守るために帰りましょう、というこのチームに欠けていたサッカーの基礎中の基礎であって、これは今後どういうサッカーを志向するにしても必要な要素です。そうしたシンプルな動きで相手を凌駕するにはフィジカルが必要。だから走らない奴は使わないと仰っているはずです。そういう意味で今は、チームに足りなかった負荷をかけて基準を上げている状態だと捉えています。

そう考えると、大雑把なチームになったのは、いろいろなサッカーに取り組んだ結果として行き着いた、更地にして基礎を植え付ける作業をやっているからではないか。そして選手たちも、細かい戦術の前にやるべきことがあると感じているからこそ、雑だったとしても“やり抜く”意思が強いのではないか。ならば、“やり抜く”覚悟がある今は、まず大枠としてこれを続けなければいけないんじゃないか、というのが僕の見立てです。

秋葉監督は個々のサッカー観の違いを言い訳にさせず、1つのベクトルに向かわせることに長けています。ですから監督が強調しなくなれば“やらなく”なる危険性を秘めています。現状ではサッカーの大枠を変えないまま、監督の志向や選手たちの“やり抜く”覚悟を損なわせない形で、足りない部分を少しずつ提示していく、というのがベターだと思っています。いま進んでいる補強やコーチングスタッフの人選を見ると、細かいことにこだわる反町GMですから、足りないと思っている部分を把握して、すごく繊細に動いている印象は持っています。

求められるフロントの“肌感”

基礎の徹底、プラス、“やり抜く”覚悟をキープしながらの肉付けを、補強した選手とともにやっていく———基本はこれで2025シーズンを戦うことになると思います。ただ、J2なら結果オーライだったのが、J1ではそうならない場面に出くわすうちに足りないものも顕在化してくると思いますし、いつかはともかく、いずれ選手たちの多くが「もう少し考えて戦わないといけない」と工夫の必要性を感じ始める可能性はあります。その時は、選手たちの“やる”意識が次のステップに向かうことを意味しますので、そこがサッカーのバージョンアップを探るタイミングになってくるんじゃないかなと思います(もちろん基礎がまた消えないようにバランスを取りながら)。現場からのサインを見極めたり、契約状況などを見て判断する時期を探し当てるのは、反町GMを中心としたフロントの仕事であり、生き物であるチームを見ながらロードマップを描くことが必要です。言い換えると、秋葉監督の志向がハッキリしているからには、その時までは目いっぱい、このチームの意識改革を続けて、成功してもらいたいです。

まずは“やり抜く”集団のまま、1年しっかり取り組んで、質が十分でなかったとしても勝点40に早く乗せてJ1残留。その時に見えてくるものがきっとある。そう思いながら、2025シーズンを追っていこうと思います。J2優勝クラブに対して過小評価だと思われるかもしれません。でもJ1の中位以上のクラブは、質と量の両面にしっかり目を向けて、自然と強化しているように見えますので、そこに抗っていくためには、大前提として“やらない”集団に戻らないこと。これが大事なのではないかと思います。


まもなく、2025シーズン始動です。何が起こるか分からない2026/27シーズンからの移行を前に、もう後戻りは許されません。死に物狂いでしがみついてほしいと思います。

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