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オッペンハイマーを見るにあたって

※投稿日は3/27ですが、これを書いたのは3/25の夕方、先行上映会の鑑賞前です。

今日、2024年3月25日。
クリストファー・ノーラン監督の最新作、"オッペンハイマー"の先行上映会、TOKYOプレミアの当日である。

私は運良く109シネマズプレミアム新宿での35mmフィルム上映のチケットを手に入れることができたので、これから鑑賞へ向かう。

(IMAXでもDolby Cinemaでもなく35mmフィルムを選択した理由については単純で、
IMAXはGTではない点、Dolbyには特別感を感じない点があったからだ。またフィルム上映に興味もあり、109シネマズプレミアム新宿の座席は3時間の鑑賞でもノーストレスで楽しめるであろう、などの判断)

鑑賞する前に、どうしてこの映画にここまで興味を持つにあたったのか、
今一度整理しておきたいと思う。

まず、この映画のことを知ったのは2022年初夏頃だったはずだ。
その頃トップガンマーヴェリックと出会い、IMAXに興味を持った私は、
IMAXカメラで映画を撮り続けている、クリストファー・ノーランという映画監督がいることを知る。
そこからダークナイトやインターステラーなど、IMAXカメラで撮影された代表作を見ていくことになるのだが、その過程で2023年に公開を控えている作品があることに気づく。
そう、その作品が"オッペンハイマー"であった。

その当時はまだ国内でもそこまで話題になっておらず、
話題に上げているのはノーラン監督のファン程度であったと思う。

そこから時は流れ、2023年。
アメリカ国内はじめ日本国内以外での本作品の上映が近づくにつれ、本作品がどうにも"偏った思想の皆様"の攻撃の対象になり始めていることに気づく。
無理もない。日本は世界唯一の被爆国であるし、原爆を開発した人物をテーマにした作品など、言語道断である!という考え方の人間が存在することは、全く自然な話であると思うし、目立つことはないかもしれないが、国内に限らず世界のどこかにもそのようなな意見は存在するのであろう。
否定的な意見というのはなぜか肯定的な意見よりも声高々に展開されることが多い。
つまり、私の巣であるSNS(X)で、そのような意見が大変目立つのである(実数としてはおそらく少数なのだが)

私は、物事について、偏った見方をすることを避けたいと思う人間である。というか、ある意味においては、物事を自分の良いように解釈したいと思う、否定的な意見の持ち主と本質的には同じなのかもしれないが…。
さておき、その時点でこの作品のことを、"正しく"理解する必要があると、感じ始めるようになる。

何をもって"正しく理解"なのかについて、答えはない。
ただ、何も知らないのに事実から目を背け、偏った意見、歴史の切り取られた一部のみだけを自ら選び取っているにもかかわらず、全体を批判し、攻撃をするというのはそれこそ歴史から何も学べていない人間の行為であるように思う。
私は、その批評(とも呼べないモノ)が肯定的であるか、否定的であるかはさておき、客観的視点に立ち、フラットな視点でこの映画を見るべきだと考えたのである。

(もちろん、バービー事件などをはじめ、倫理的に到底許容できるものではない件も存在する)

そのためには、映画を見る前に、歴史における正しい事実を、そしてオッペンハイマーという人物について知る必要があると考えた。

そのような考えがあったからこそ、
"ロバート・オッペンハイマー ――愚者としての科学者(著:藤永 茂)"及び、
映画の原案である"オッペンハイマー:上中下巻(著:カイ・バード)"の読書に繋がったのだと思う。

完読したからといって、全てを理解できたとは思っていない。
そして、自分がどのような考えをもったのか、整理はできていない。
この人物の行い全てを肯定することも、否定することも私にはできないと感じたからである。

何が正しかったのか、正しいのか。
そんな問いだけが、自分の中に残っている。

果たして、映画ではどのような描かれ方をしているのだろう。
見終えた時、この人物に対して、出来事に対して、核に対して、どのような考えを持つことになるのだろう。

やはり、自分の正義がわからない、鬱々とした気持ちのままなのか。
なにかの答えを得られるのか。

楽しみ、と表現することに抵抗はあるが、早く辿り着きたいと思う。

…まあ、そもそもこれだけ予習しても映画をちゃんと理解できる気が全くしてないんですけどね(終)

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