【厚底カーボンシューズの最新論文】世界トップクラスのケニア人+欧州のアマチュアランナーのランニングエコノミーのばらつきと厚底カーボンシューズに関するメタ分析
2023年3月にオープンアクセスとなった、以下のカーボンシューズに関する最新の論文を紹介する。
【タイトル】
Variability in Running Economy of Kenyan World-Class and European Amateur Male Runners with Advanced Footwear Running Technology: Experimental and Meta-analysis Results
世界トップクラスのケニア人+欧州のアマチュアランナーのRE改善のばらつきと最新厚底カーボンシューズに関するメタ分析
【共著者】
Melanie Knopp, Borja Muñiz-Pardos, Henning Wackerhage, Martin Schönfelder, Fergus Guppy, Yannis Pitsiladis & Daniel Ruiz
ちなみに… 私はそこまで普段からたくさんの論文を読んでいるわけではないが… 本論文の共著者の1人であるヤニス・ピツラディス教授は、マラソンサブ2に関する書籍に多く登場している教授で、ジャマイカやアフリカなど数多くの国で陸上選手を対象にフィールドワークを行なってきた教授である。
以下は、2018年当時にピツラディス教授らが進めていたサブ2プロジェクト
論文の概要
本論文の概要に対する私見
最後の「より個人的なアプローチ」については深く述べれていなかったものの、私はこの論文の結論が以下のいずれかを示唆する内容だと思っている。
① 今でもなお… 薄底シューズを履き続ける(a → aのアプローチ)
② 薄底でなくても中厚底カーボンシューズを履く(a → aaのアプローチ)
③ 筋トレ等で厚底をより履きこなせるようにする(a → bのアプローチ)
④ 自分に合う厚底カーボンシューズを見つける(b → c,d,e…のアプローチ)
① 今でもなお… 薄底シューズを履き続ける(a → aのアプローチ)
そのままの通りで、現在では特に男子では絶滅危惧種ともいえる薄底ランナーのままであり続けるのである。そう、10kmロードの世界記録は今でも旧型の薄底タクミセンで記録されたロネックス・キプルトの26:24である。
② 薄底でなくても中厚底カーボンシューズを履く(a → aaのアプローチ)
ストリークフライ、タクミセン8、9などの軽量かつシューズの剛性が抑えられた屈曲性が少しある中厚底シューズの使用を指す。特に箱根5区などの特殊区間ではこのようなアプローチが重要かもしれない。
③ 筋トレ等で厚底をより履きこなせるようにする(a → bのアプローチ)
薄底シューズからヴェイパーフライ4%、初代のヴェイパーフライネクスト%が発売された頃ぐらいに言われていた「走り方を厚底仕様にする」ということである。地面を蹴るような走りから、ドロップを活かしたロッカーを誘導するような滑らかな動き、大きなストライド獲得するようなより深い股関節筋群の伸展動作の獲得を意味する。そのため、フィジカルトレーニングなどで股関節周りを意識的に鍛えておかないと(特に筋力レベルが高くないような女子選手やユース期の選手、マスターズ選手などは)これまでなかったような故障を引き起こす可能性がある(坐骨神経痛や仙骨の疲労骨折など)。
また、MP関節(中足趾節関節)の底背屈運動、強いては ※ウィンドラス機構を厚底カーボンシューズが代償することで、薄底シューズ時代の高強度 / 高負荷の走行時に発生していた下腿三頭筋の活動量の抑制 = ふくらはぎの疲労度の軽減)に繋がっている。
※ ウィンドラス機構:足趾の背屈によって足底筋膜が引っ張られてアーチが挙上し足部剛性を高め力の伝達を有意にする足部の機能性
③ 筋トレ等で厚底をより履きこなせるようにする(a → bのアプローチ)
縦方向への曲げ剛性が高く、かつ高ドロップシューズ(つま先が背屈した状態で底屈が制限される状態)=大体の厚底カーボンシューズの過度の使用はアーチが崩れやすく、また、厚底カーボンシューズ特有の安定性(走動作の捻りに対する復元性)の低さがオーバープロネーション(過剰回内)を引き起こし、次第に足部の衝撃吸収機能(トラス機構)を損なうことによって、足底筋膜炎やアキレス腱炎等の故障の原因ともなる。
その為、足趾の機能性を維持するエクササイズや、その他シューズの履き分け、路面選択など過剰にかかっている負荷を分散させることが重要である。
④ 自分に合う厚底カーボンシューズを見つける(b → c,d,e…のアプローチ)
手前味噌ですが… 以下のように様々なカーボンシューズの比較レビューなどの記事を漁って最新シューズに関する知識をつけ、その上で自分の身体組成やランニングフォームなどを考慮して、自分に最適なカーボンシューズを探すこと、試し履きを繰り返すことこそが重要ではないだろうか。そのためには膨大な時間とお金がかかることもあるが….。
③もしくは④をできない人が、①か②に落ち着いているという印象がある。ただし、②は距離によって短い距離や起伏やコーナーの多い特殊コースでは中厚底シューズを履く人もいるので、その辺りはその選手の特性にもよる。
本論文の詳細
以下は本論文から抜粋した部分ごとの要約。
ケニア人のエリートランナーは、男女ともに特にロードレース等の長距離種目において席巻しているが彼らはランニングエコノミーが優れていることが知られている。彼らの体格の特徴として(特にふくらはぎあたりが)細長い脚を持ち、アキレス腱のモーメントアームが大きいという報告例が挙がる。
ランニングエコノミーは身体組成、バイオメカニクス、代謝効率、神経筋の適応など様々な要因によって影響を受ける。そして、近年注目されている要素の1つとして【軽量かつクッション性があり縦方向への曲げ剛性を持つ】という厚底カーボンシューズの特性による機械的効率の改善がある。
具体的には現在の厚底カーボンシューズとは、
① カーボンプレートが湾曲した形状かつ高剛性である
② ミッドソールが軽量性と弾力性に優れているPebaxなどの軽量フォーム
③ ヒール部分が概ね40mm弱という厚底である
以上の組み合わせ(ジオメトリ:三次元的な構造)である。
特に注目すべきは厚底カーボンシューズでの走動作でおいての“ティータートッター効果”(teeter-totter effect)についてである。簡単にいえば厚底カーボンシューズ独特の、あの前方方向に押し出される「助力」をもたらす機構を指す。そして、ランナーのMP関節(中足趾節関節)の背屈に起因する足部剛性(スティフネス)を高め地面への力の伝達を有意にする役割(いわゆるバネ化)を厚底カーボンシューズが果たしている(自動化させている)。
※ ティータートッター効果の詳しいメカニズムについては今回は省略
従来の薄底シューズは耐久性よりも軽量性やフィット感、ホールド感が重視されている(左のA)。一方、厚底カーボンシューズ(右のB)はミッドソール内に湾曲したカーボンプレート(やロッド)を挿入することが可能となり(フラット型のプレートは厚底でなくても挿入することができる)、また、最新のPebaxに見られる軽量性と弾力性に富んだフォームが厚底シューズの重量を抑えることに役立っており、これらの技術進歩がアスリートのパフォーマンスの向上に繋がっていることが示唆できる。
このようなことからわかるように、日本だけでなく世界で長距離種目での記録水準が向上しており、Stravaにおけるサブエリートアスリートのデータでは従来の薄底シューズよりも4~5%タイムが改善されている。また、2015〜2019年の男子マラソン世界TOP100の選手において、薄底と厚底両方で走った選手40人中29人(72.5%)が厚底でパフォーマンスを改善させた。
これまでの研究では、比較的コントロールされた測定環境で、数種類のシューズを比較したREに関する研究が多かったが、世界トップクラスの選手のREのばらつきについて調べた研究はなかった。そのような背景から、本研究はケニア人のエリートランナー(平均ハーフ59分30秒)と欧州のアマチュアランナーを被験者とし、薄底シューズと厚底カーボンシューズとのREのばらつきについて検証し、※メタ分析を行ったものである。
※ メタ分析:統計的手法を用いて複数の原著論文のデータを定量的に結合・統合させる総説論文のこと
測定方法 / プロトコル
被験者は15名。世界トップクラスとアマチュアのいずれかに分類され、トレッドミルでのランニングが苦手なランナーを除外したことで最終的に14名が本研究の分析対象となった。
世界トップクラスのケニア人男性ランナーは以下の7名で構成。
(平均 ±標準偏差)
・年齢:22.7歳 ±3.2歳
・身長:1.7m ±0.05m
・体重:59.9kg ±4.8kg
・BMI:19.7kg/m2 ±0.6kg/m2
・VO2peak:75.9mL/kg/min ±3.5mL/kg/min
・ハーフPB:59分30秒 ±0分48秒
・10kmPB:27分33秒 ±41秒
欧州のアマチュア男性ランナーは以下の7名で構成。
(平均 ±標準偏差)
・年齢:28.1歳 ±4.2歳
・身長:1.8m ±0.03m
・体重:72.1kg ±7.0kg
・BMI:21.9kg/m2 ±1.8kg/m2
・VO2peak: 62.3mL/kg/min ± 5.1mL/kg/min
※ 競技レベルについては記載なし
VO2paek(最高酸素摂取量)に関しては以下のnoteで解説されているので気になる方はご参照ください。
測定で使用されたシューズは、被験者が自身でトレーニングに常用している市販の薄底シューズと、形状や重量が異なる市販の厚底カーボンシューズ(表のAdoFootTech1~3)。選手全員が同じシューズサイズだったので全員が27.0cmのこれらのシューズで測定を行った。
・厚底シューズ1:225g / 前31.5mm / 後39mm / ドロップ8.5mm
・厚底シューズ2:210g / 前29.5mm / 後39.5mm / ドロップ10mm
・厚底シューズ3:196g / 前31mm / 後39.5mm / ドロップ8.5mm
・薄底シューズ:197g / 前19mm / 後24mm / ドロップ5mm
製品名は記載なし
補足:薄底シューズはアディゼロタクミセン6ぐらいの重量
プロトコル:本研究は海抜300mほどのドイツのアディダス本社のスポーツサイエンス研究所で1日の中休みを挟み以下のAとBの2回の測定が行われた。
AのセッションではVO2peakとベースラインの測定。Bのセッションでは異なる4種(厚底×3+薄底×1)の条件でケニア人が75%VO2peak(17.0km/h ±0.4 km/h)=3:31/km程度、欧州のアマチュア選手が70%VO2peak(13.1km/h ± 1.0 km/h)4:34/km程度の強度でランニングエコノミーを測定。
※ 測定の詳細は省略し概要のみを記載
補足:アマチュア選手の競技レベルは記載がないが、70%VO2peakが4:34/km程度であることを考えるとそこそこ速いということが伺える。
測定結果
ランニングエコノミー
14名の被験者(ケニア人7名+欧州のアマチュア選手7名)の薄底と厚底のランニングエコノミー比較でアマチュア選手(B)の群に有意差があった。
以下、Aがケニア人7名(黒線が7名のREの平均値)、Bがアマチュア7名
AとBそれぞれ薄底シューズでのREを0(標準値)とした時、各ランナー / 各シューズ間でのREの改善 / 悪化の幅を以下に見ることができる。0より下にある場合は薄底よりもREが改善されており、上にある場合はREが悪化。黒点はAとBそれぞれの各シューズのRE改善 / 悪化の平均値。
A(ケニア人7名)の薄底に対してのRE改善
・厚底シューズ1:0.8% ±5.0%
・厚底シューズ2:0.3% ±3.9%
・厚底シューズ3:-1.9% ±5.6%
【私の感想】全体的に薄底と厚底で有意差は見られなかった。特に、ある厚底をはくと薄底と比較してREを悪化させるケースがいくつか見られている。トップレベルの選手になると厚底カーボンシューズで大きな恩恵を受ける選手が少ないかもしくはその恩恵を受ける幅が小さくなることを示唆 → シューズの機能性を生かし切れていないというよりかは、そもそもの体の機能性が高く、厚底シューズが彼らのパフォーマンスを補う幅が少なくなるのではないか? → トップレベルの選手は結局、何を履いても速く走れるのか…?
※ ケニア人はトレッドミルランニングやテスト条件に慣れていない等の交絡因子が関与している可能性があるため、このような測定方法でシューズの性能をテストすることの限界性もささやかれている。あくまで、研究室は研究室で、試合は試合の現場で異なる事象が発生するかもしれないということ。
B(アマチュア7名)の薄底に対してのRE改善
・厚底シューズ1:3.5% ±3.7%
・厚底シューズ2:4.6% ±2.7%
・厚底シューズ3:5.0% ±3.4%
※ 以上の3足間でのREには有意差はなかった。
【私の感想】ここでのアマチュア選手は欧州の体格の良い(平均身長180cm、平均体重70kg台の)概ねサブスリーレベルであると思うが、厚底の恩恵をトップレベルの選手よりも大きく受けている層と言える。つまり、薄底時代から厚底時代にかけてのパフォーマンスの改善幅がトップレベルの選手よりも見込めるのではないだろうか。シューズの機能性が試合でのパフォーマンスやトレーニングを大きく補っているということが考えられる。
メタ分析
異なる厚底カーボンシューズを薄底シューズと比較した5つの先行研究でのランニングエコノミー(mL/kg/min)のメタ分析では、厚底カーボンシューズがRE測定において統計的に有意な効果を示す。その恩恵は速度別では、超低速では小さな恩恵、低速では中程度の恩恵、中速では中程度の恩恵、高速では大きな恩恵があるといった結果が得られた。
※ ジョグよりもレースペースに近づくにつれてより厚底の恩恵が上がる
本研究で発表されたデータを先行研究と統合すると、全体として厚底カーボンシューズが中程度の恩恵を示す結果となった。そして、世界トップクラスでは恩恵が少なく、アマチュアレベルでは恩恵が大きいことを示している。
また、厚底と薄底の比較において、4つの先行研究のエネルギーコスト(W/kg)のメタ分析や、本研究を含む3つの研究の酸素運搬コスト(mL/kg/km)のメタ分析でも速度別に低速では中程度の恩恵、中速では中程度の恩恵、高速では大きな恩恵があるといった傾向を示しており、これらの研究間での矛盾点は見当たらなかった。
まとめ
・薄底と厚底測定では各選手 / 各シューズでRE改善 / 悪化にばらつきがある
※ ヴェイパーフライ4%のプロトタイプと薄底などを比較した先行研究でも各選手ごとのRE改善 / 悪化にばらつきがあり、そのRE改善の平均が4%だった
→ それぞれに合うシューズを見つけることが重要ではないか? → それぞれのランナーに合った「シューズの剛性」を見つけることが必要だと示唆される
・より速い速度域で厚底カーボンシューズの恩恵を受ける幅が大きくなる
→ ジョグやLSDではあまり恩恵を受けないのではないか? → パフォーマンス向上の観点で言えば、高価で耐久性が高くない厚底カーボンシューズをジョグで常用する必要性は薄い
・長距離の世界トップアスリートよりもサブスリーレベルのアマチュアランナーの方が厚底の恩恵を受けているのか?
→ 先行研究では、東アフリカ人とスペイン人との比較でランニングエコノミーが東アフリカのランナーのほうが優れていることがわかっている。彼らは体の機能性が高くREも高いため、今回の欧州のアマチュア選手との比較でも厚底カーボンシューズの恩恵幅が少ないということが考えられる。
・(本研究では検討されていないが)先行研究においてレクリエーションランナーは厚底カーボンシューズの使用でパフォーマンスが悪化する可能性が示唆されている
→ いわゆる厚底カーボンシューズを使いこなせていない、という話であるが、厚底カーボンシューズは全体的に速度域が速くなるにつれて恩恵が大きいということは注目に値する。そもそもレクリエーションランナーは厚底カーボンシューズによる恩恵よりも、シューズ以前にそもそものトレーニングの改善幅が大きいのではないか?(オーバートレーニングになっているか、低強度の走行距離不足やもしくは筋力が足りないなど)
本研究の懸念事項
・ケニア人と欧州のアマチュア選手との測定時の相対的な努力感は同じかもしれないが、ケニア人の測定時の速度が17.0km/h ±0.4 km/h=3:31/km程度、欧州のアマチュア選手が13.1km/h ± 1.0 km/h=4:34/km程度と、厚底カーボンシューズの恩恵を受けるに当たってそもそもの走速度の違いが、それぞれのRE改善 / 悪化に影響している可能性が考えられる。
・特にケニア人のランナーでトレッドミル走行に慣れていない選手は地上を走る時のランニングフォームとは異なるフォーム(バイオメカニクス)になっていた可能性が考えられる。
・本研究の測定時にケニア人は日常的に最新の厚底カーボンシューズでトレーニングをしていて感覚に慣れていたが、欧州のアマチュア選手は日常的にそれらを使用していなかった。
Variability in Running Economy of Kenyan World-Class and European Amateur Male Runners with Advanced Footwear Running Technology: Experimental and Meta-analysis Results
世界トップクラスのケニア人+欧州のアマチュアランナーのRE改善のばらつきと最新厚底カーボンシューズに関するメタ分析
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