ホリデーシンドローム

思えば朝から変だった。

いやに爽やかな目覚め。カーテン越しに降り注ぐのは梅雨の合間の眩しい朝日。小鳥のさえずり。
ベッドから起き上がるまでもなく理解した。「最高の休日」が始まると。

ベッドから跳ね起きる。体が軽い。なぜだ?わからない。だが理由なんてどうでもいい。腹の底から湧き上がるウキウキとワクワクをぼくは形にした。具体的にいうと、鼻歌を歌いながらスキップでキッチンに向かった。歌うのはアルプスの少女ハイジのアレ。

歌詞をろくすっぽ知らないから「口笛はなぜ〜」まで歌ったら「教えておじいさん〜」に跳ぶ。だがそれでいい。ゴキゲンな蝶になるってのはこういうことだ。

天啓が降りる。ゴキゲンな人間にはゴキゲンな朝飯がよく似合う。ならば作ろう。最高にナウでヤングで、オシャンティなブレックファーストを。
選択肢はひとつ。わかるよなみんな。









そう、フレンチトーストだね。




ゆったりと時間の流れる休日には、ほんの少し手間のかかる朝食がよく似合う。ちなみにみんなはフレンチトーストって手間のかかる料理だと思う?目玉焼きひとつ焼くのも重労働の人間にとっては、プロジェクトXで取り上げてもらうくらいの一大事業なんだよね。そんな手間をかけられるのも休日あればこそ。テレビから流れるニュースをBGMにたどたどしくフレンチトーストを作るのは至福のひととき。
ほら、テレビの中の羽鳥慎一もニッコリ笑顔。


ん?羽鳥慎一?

説明しよう!「羽鳥慎一モーニングショー」はテレビ朝日で毎週月曜日から金曜日の朝8時から放送しているワイドショーなのだ!



そうか、今日は木曜日か。


木曜日は平日だ。平日というのは休日ではない。いや、それは人によるのかもしれないけど、ぼくにとって木曜日は休日ではない。だから、つまり、そのー……あれだ!えっと、いわゆるひとつの……

お仕事遅刻しちゃった。


なんでだろうね?金曜日と土曜日を間違えるならまだしも、木曜日に土曜日だと思っちゃう脳のバグり具合。朝の目覚めも小鳥のさえずりも何もかもがぼくを欺く演出だったというのだろうか。それとも起き抜けからぼくがひとりで舞い上がってただけ?おじいさん、口笛がなぜ遠くまで聞こえるのかは答えなくていいので、今日が何曜日か教えてもらえると助かります。

もう何もかもが手遅れだ。割ってしまった卵、そこに加えた牛乳、浸してしまった食パン、乗るはずだった急行電車、押すはずだったタイムカード。

羽鳥慎一はまだ笑っている。ただし今度の笑顔はやけに鼻についた。

後悔しても時は戻らない。その代わり現実には引き戻される。タイミングを見計らったようにスマホが鳴る。裏返されたスマホの画面は見えないけど、多分、絶対、嫌いな上司の名前が表示されているんだと思う。

鳴り止まないスマホを横目に、ぼくは少しのあいだ迷って、それからフライパンにバターをひとかけら落とした。



「最高の休日」が始まろうとしている。





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