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柚木麻子『あいにくあんたのためじゃない』(ネタバレなし感想)

基本情報

柚木麻子氏による、全6話からなる短編小説集。新潮社より発行。『めんや 評論家おことわり』『BAKESHOP MIREY'S』『トリアージ2020』『パティオ8』『商店街マダムショップは何故潰れないのか?』『スター誕生』が収録されている。第171回直木賞候補作。


全ての短編を貫く「共助」の精神


『あいにくあんたのためじゃない』

かなり迫力のあるタイトルである。タイトルのインパクトとカロリー過多な装丁でジャケ買いしてしまった人もいるのではないだろうか。私もその一人である。

全6話にそれぞれの魅力があり、それぞれに語りたいことはあるのだが、まずは全ての作品に通底していると思われるテーマについて考えてみたい。

かつて某総理大臣が決意表明の中で「私が目指す社会像。それは自助、共助、公助、そして『絆』であります」と語った。『絆』というフワッとした概念を真顔で為政者が語る気持ち悪さもさることながら、「自助」が社会にとって最も大事だと受け取れるようなメッセージを国のトップが発言したことに少なくない衝撃を受けた。


自業自得・自己責任・自己防衛・・・。人生に降りかかる「生きづらさ」と呼ばれるこの社会の地獄を「それは君が選んだ人生なんだから、まずは自力で頑張りたまえ」と主張しているように聞こえた。会社の上司レベルでも腹が立つのに、国家から言われると怒りや呆れを通り越して片腹痛い。税金で生きているアンタらは最優先で「公助」について考えるのが仕事では?

本作の全6話に共通して感じたのは、「公助」はまったく期待できないので取り急ぎ身近な地獄は「共助」で乗り越えようという精神である。とりわけガッツリとコロナ禍を主題にしている『トリアージ2020』は、まったく国が信頼できなかったあの頃にみんなで助け合っていた雰囲気を思い出してグッときた。

また『商店街マダムショップは何故潰れないのか?』では東京医科大の不正入試問題に触れているところに好感を抱くとともに久々に腹が立った。外国に顔向けできないレベルの恥ずかしい激ヤバ案件なのに、なんとなく皆忘れかけている気がしてならない。マジで本件はみんなもっと怒り狂ったほうがいいぞ。

てな具合でとにかく読み応えのある一冊だが、全部に触れるとちょっと大変なので6話のうち最も好きだった『パティオ8』について以下もう少し踏み込んで感想を書く。


『パティオ8』と『虎に翼』の共通点

共用の中庭(パティオ)がある平屋建て集合住宅「パティオ6」。入居条件は「中庭で子供が騒いでいても気にしないこと」だった。コロナ禍によって在宅勤務を余儀なくされた各家庭は中庭で子供たちを遊ばせ、親たちは交代でその様子を見守っていたのだが、101号室に住む男が「子供がうるさくてリモート商談ができない」と不平不満を述べ、しばらくはその男の主張に従って子供たちを中庭で遊ばせない日々を各住民は過ごすのだが・・・。

物語の舞台が「パティオ6」なのにタイトルは『パティオ8』である。おそらく『オーシャンズ8』へのオマージュだと思われる。敵か味方かよくわからない人も含め、それぞれにスキルをもった8人の女性が結束し101号室の男から「彼にとっての大事なものを盗み取る」展開は、コンゲームものの映画のようで痛快なエンタメ小説になっている。

私がこの短編でいいなーと思ったところは「理不尽に対して正攻法で闘うことはない」という主張である。「オーシャンズ8」ならぬ「パティオ8」の面々が101号室の男に灸をすえる作戦はちょっとグレーな犯罪チックなものであり、人によっては嫌悪感を抱くかもしれない。でもそこがいいんじゃない!(©みうらじゅん)


この短編は女性が男性優位社会に牙をむくとき、なぜか行儀の良さが求められていることに強い抗議の姿勢を示していると思う。女性が「あるべき女性像」「あるべき家族像」「あるべき母親像」から外れていると、それだけで成人男性はちょっと強気になれるな、と思っている節がありそうだ。少なくとも101号室の男は自分の仕事はスゴイんやでと信じており、女性住民たちの「少し社会の何かから外れたところ」を突いて自分の意見を押し通す。(男として恥ずかしいなという気持ちもありつつ)読んでいてツライ描写が序盤は続く。

最初は建設的な議論をして平和的な案はないかと考える「パティオ6」の101号以外の女性住民たちだったが、どうにもラチが明かないと気が付き、それぞれのスキルを活かした大胆な反撃にでる。これはいま大好評の朝ドラ『虎に翼』にも通ずるものだと思った。


『パティオ6』でたまらなく好きなのは、今となってはすっかり死語になりつつある「リモート飲み会」の描写である。辛い時は酒に頼ってベロベロになる、酒が足りない人がいるとわかったらおすそわけする。これらは「仕事でお疲れのお父さん」だったら「仕方ないよね」という空気になるのに、「母親」「女性」という属性の人たちだと「けしからん」という空気が漂うことへのアンチテーゼだと思う。

朝ドラは久々に真剣に見ているので近年の朝ドラがどんな感じかわからないが、少なくとも『虎に翼』では頻繁に女性の飲酒のシーンがでてくる。なんなら女性の喫煙シーンもある。

社会が女性に対して貼る「こうあるべき」のレッテルはおおむね理不尽である。そして口で言ってもわからない奴が多い(私もその一人かもしれない)。『パティオ6』と『虎に翼』は共通して「女性はこうあるべき」に対して一度は建設的に抗議するが、「ダメだこりゃ」となったら正攻法は捨てるのだ。

柚木麻子さんが正攻法を捨てることをどれくらい意識していたかは不明だが、少なくとも『虎に翼』の脚本家・吉田恵里香さんは意識して「正しくない行動」を描いていると明言している。読み応えのあるインタビューなのでぜひご一読を。


妊娠中などに飲酒できなくなるのは子供のことを考えると致し方無いが、そうでないのであれば気の向くままお酒を飲む女性がいてもいい。時にあまりの理不尽に耐えかねて、暴力をふるう女性がいてもいいじゃないか。

なるほど!それがあの政府の言っていた「自助」か!

でも一人でアクションするのは難しい。意外なきっかけで「共助」は生まれるよ!と、この『あいにくあんたのためじゃない』は教えてくれた。

そしてもう一つ考えるべき助け合いがある。

先に妊娠をしていると女性は飲酒ができなくなると書いたが、それ自体が相当な理不尽である。誰に文句を言えばいいのかわからないが、少なくとも子供を育てているとき、女性は飲酒や喫煙といった方法でストレス発散する方法を奪われる。

私は現在独身だが、将来子供が生まれたとしてパートナーのためになにができるか考えねばならない。現パートナーはお酒をたしなむ人ではないが、なにかしらのストレス発散方法を奪われるのは間違いない。そのときどう寄り添うか、私は試されている。

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