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流れ星を拾う方法。 『瑠璃の宝石』 渋谷圭一郎

北極星は変わる。
1万4000年前、天の北極に位置したのは、
こぐま座のポラリスではなく
こと座のベガだった。
 
地球の重さは変わる。
地球には年間約4万トンの物質が降り注ぎ、
同時に約10万トンの物質が流出している。
 
一日の長さは変わる。
14億年前、地球の一日は19時間足らずだった。
 
回る時計の針は、
機能と同じ時間を繰り返していることを意味しない。
針が動くたび、内部には小さな変化が蓄積されている。
私たち人間が生きる世界は、
今も着実に小さな変化を積み重ねているのだ。

『瑠璃の宝石』四巻より


流れ星、つまり隕石は、拾うことができる。
こう言うと、場所がきわめて限定されているのだろうとか、何十年に一度だけなんだろうとか、そもそも技術や設備や資金が膨大に必要なんだろうとか返されそうだ。
でも、そうではない。
流れ星は、いま、ここで、あなたにも拾うことができる。

隕石、という言葉からはイメージしにくいが、実際にはそのほとんどは直径0.2~0.4ミリメートルほどの「微小隕石」である。じつはこれらは頻繁に地表に降り注いでいる。
その頻度は具体的には、0.1ミリのサイズであれば1平方メートルの面積につき年間ひとつ程度。それらは砂埃にまぎれて、例えば建物の屋上の隅、雨どいなどに堆積している。
隕石の全体の八割はコンドルールという石質構造を持ち、このためにコンドライトと呼ばれている。コンドライトの中には多くの場合鉄が含まれており、磁石に反応する。これを利用して仕分けた金属粒を顕微鏡を通してあらためていく。

……というようなことをずっとやっているマンガだ。
鉱物採集を題材に、登場人物の少女たちが大学の研究室とフィールドを行き来しながら地質学や鉱物学について学んでいく。語られる様々な科学的知見は、エピソードごとのテーマと有機的に絡んで物語をドライヴさせる。
著者の渋谷氏は大学の研究室で鉱物学を研究し、理科系の教員免許も持っているそうだが、その点からいうと本作は「めちゃくちゃ面白い教科書」とも言えそうだ。
このマンガの中で語られていることの面白さは、端的に言えばミクロとマクロの接続だと思っている。
たとえば一巻には、「石は動く」という話が出てくる。
山中で削られた石が落下すると、川の流れに乗って徐々に下流に運ばれる。これらはプレート移動に巻き込まれることで、今度は地下に潜っていく。地下に入った石は火山噴火で上空に舞い上がる。
巨視的な視点で見たとき、石は循環している。
数千年、数万年、もしかしたら数億年というタイムスケールで世界を観測すること。さらにここで重要なのは、足元に転がる石ころの向こうにそんな景色が見えてくる、ということだ。
冒頭に書いた隕石の話についても、同じことが言える。
夜空にきらめく星はわれわれの足元にあり、顕微鏡を通して見つけることができる。
いま足元にある石には、それがつくられ運ばれてくるまでの経緯がある。いや、経緯、などという淡泊なものではないはずだ。それは物語だ。何千年、何億年というタイムスパンの、地形の動き、世界の成り立ちについての物語。
われわれはそれを想像することができるし、考えることができる。
世界の美しさについて思いを巡らせることができる。
この直観、この"感じ"、これを名付けてとりあえず、センス・オブ・ワンダー、と呼ぶこともできるのではないだろうか。


自分自身、山を登るほか、樹齢千年近いような巨木を巡ることもするし、滝やいわゆるジオサイトと呼ばれるようなものを好きでよく見に行く。
それらの前に立って、自らの内にあるタイムスケールの物差しでは測れないような大きな時間、空間の動きを想像する。
目の前の光景がどのように出来たのか、の想像力が、『瑠璃の宝石』によってものすごく触発されている部分がある(勿論これはひとつのとっかかりであって、発展させるために調べることは多いのだが)。
世界の平面的な美、目の前の光景の美しさ……とは別に、奥行き、その光景が内包する物語の美しさというものがある、と思っている。
本作はそのことを教えてくれると同時に、科学を詩的な方法で読み解こうとする試みでもあるように思う。

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