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創作小説・私立諸越学園芸能科 特別編(後編)

※この作品は2012年に執筆されたものです。

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特別編(後編) そして、杉田くんの憂鬱


「う~ん、今回のもなかなかええわ! マリオ、おまえウチらの専属の構成作家にならんか?」

「う~ん。まあ、考えとくよ」

 人気お笑いコンビの片割れと、そのネタ出しを代行しているゴーストライターの密談は、しかし意外にも白昼堂々行われていた。

「ほなネタ代の前払いとして、焼きそばパン!」

「サンキュー。今月、金欠だったから助かるよ」

 報酬の前払いは、我が校では入手困難な焼きそばパン。3日間の睡眠時間を削って完成したコントの台本への対価としては安いかどうかは、僕にはわからない。彼らのコントを見たお客さんが決めることだ。

「そいじゃ、専属の件、考えといてくれよな~。どうせ役者の仕事もパッとしないんやろ?」

 余計な一言を付け加えて、池田は足取り軽やかに去っていった。残りの昼休みを有意義に過ごすのだろう。一方の僕は、ひとり寂しく昼食タイム……

「みーちゃった、みーちゃった! 『週刊醜聞』にチクっちゃおーかな!」

 ……とはいかなかった。いつの間にか御坂が僕の背後に立っていた。

「うん、この焼きそばパン美味しい!」

 そして、僕の昼食を奪い取って勝手に食べていたのだった。

「『週刊醜聞』って、御坂の事務所と裁判沙汰になってなかったっけ? あと、ひとの昼食を奪わないでくれ。今日は朝も食べてないんだ」

 『週刊醜聞』は、SGM128のスキャンダルをひたすら追うことで業界で有名だった。かつての御坂の『事件』のときも徹底的に彼女を叩いていたので、僕はこの雑誌に良い印象を抱いてない。

「裁判は和解の方向だってさ。SGMの次のドームツアーのガイドブックは醜聞社が担当するらしいよ。来週の週刊醜聞の巻頭グラビアもあいこんだってさ。今日、なにも食べてなかったの? じゃあ、返してあげる」

 淡々と裏事情を解説した後に、御坂はいきなり食べかけの焼きそばパンを僕の口の中に突っ込んだ。

「んがんふ……ぢょ、み゛ざがごれ……」

 関節キスってやつじゃないのか、おい!

「残念ー! 本当はモリモリが食べてたやつでしたー」

「ぶばーーッ!!」

「うわあマリオが噴いた、文字通り「噴飯」って光景だよ。いや、この場合は噴パンかー」

 やけに楽しげな御坂だったが、朝飯も昼飯もろくに食べてない僕は倒れそうなんですけど。

「ていうかモリモリ今日は休みなんだから、食べられるわけないじゃん。なんでまた、簡単に騙されちゃうかなー」

 杜田が欠席だなんて事は、とっくに気付いていたはずだった。それでも僕が簡単に騙されるのは、「御坂」だからだ。表向きは冷静に振る舞ってるけど、本当は御坂の一挙手一投足に動揺し続けている。

「まったくもう。あたし、雑巾持ってくるー」

 結局、昼休みは僕が吐き出したモノの掃除で終わってしまった。御坂が床を雑巾掛けするとき、スカートから下着が見えそうになってドキドキしていたことは内緒だ(彼女のことだから、ワザとやってるのかもしれないが)。





 そして放課後。僕と御坂は学園構内カフェ『アフタースクール』にて、遅い昼食を取っていた。芸能学園という特殊な環境だからか、高校としては珍しくこんな施設が用意されている。確かに今をときめくアイドルがそこらのファーストフード店にいたら、大騒ぎになることは想像に難くないから、この配慮は学生たちにとってはありがたいものだった。売れてない僕には、そうでもなかったが。

「今日は空いてるねえ。さすがにテスト前は、人がいないか」

 ストロー越しに、お茶(『暴々茶ZERO』、カロリーゼロらしい)をすする御坂が周囲を見渡して言った。

 普段は、ゼニーズ事務所所属アイドルがSGMの研究生をナンパするという、どこぞのゴシップ誌が喜びそうな光景が見られるのだが、テスト前は遊び好きの学生も準備に忙しいらしい。もっとも、芸能科のテストは自作のノートなら持ち込み可能というゆるい内容なので、概ねみんなノートの写し作業に四苦八苦しているのだろう。ちなみに、『アフタースクール』は、芸能科の生徒しか利用できない。前述した生徒同士のナンパ行為とかが、普通科の生徒に見られたら大変なことになるのは間違いないからである。

「なんだか、ちょっとしたデートみたいだねえ。せっかくだから、イチャイチャしとく?」

 なにを言ってるのだ御坂は。

「さすがに学園内では、そんな気にならないな」

「あれ? あんなに下ネタ満載のネタを作ってたひとがそんなこと言うの?」

 ばれてた!
 コントの内容が御坂にばれてた!

「池田くんをちょっと突っついたら、メールで台本を転送してくれたよ~。つか、AVネタ多すぎ」

 これは、台本内でネタにした女子校生AVを僕が密かに年齢を偽って注文していたことまで追及されるに違いないと、僕を覚悟を決めたのだが、次に御坂が放った言葉は意外なものだった。

「なんか悲しいなあ」

 そう言った御坂は、本当に悲しそうだった。てっきり怒られると思っていたので、僕は拍子抜けした。

「あれだけマリオが必死で考えたネタが、全部ホルモンバランスの手柄になっちゃうんだよ? あたしは悲しいよ」


※ホルモンバランス……池田けんじと川本たけしによる、現役高校生お笑いコンビ。古本工業所属。下ネタと時事ネタを交えたコントに定評があるが、その大半は池田のクラスメートの杉田眞理雄が考案したものである。


「確かにネタは僕がほとんど考えたけど、それを大勢のお客さんの前で演じるのは僕には無理だよ。リアクションとか、間とかの表現は池田や川本のセンスがあってなんとかなるもんだし」

 テレビ番組でお客さんが大爆笑する光景を見て、「これは本当は僕が考えたものなんだぜ」とこっそりほくそ笑むのも、悪くはないぜ? 常にセンターとして注目を浴び続けていた御坂には、たぶんわからない感覚なんだろう。

「そういう風に考えられるマリオは大人だよ。だからあたしが……っと、や、なんか複雑な気分。だって、タダ働きしてるようなものじゃん」

 なんか途中で言い淀んで、話題を変えた気がするけど、そこはスルーしとく。実はネタが好評だったときの成功報酬として、池田から可愛いファンの女の子を紹介してもらう約束があることも黙っておく。御坂の性格を考慮すると、なによりもこれを隠すことが重要なことな気がした。

「大物のお笑い芸人なら、たいてい優秀なブレーンが付いてるものだよ。僕だって、池田から専属の構成作家にならないかって誘われたし」

「ふーん。役者の仕事を諦めても?」

「う……」

 唐突に御坂から投げつけられた「諦めても?」というひどく冷たい響きの言葉に、僕の周囲の時は止まった。

「今みたいに地味な役者を続けながら、構成作家やったりもできると思うよ」

「役者として、ずっと地味なままでいいの? 今より売れたいとか、上に行きたいって思わないの?」

 浅はかな僕の未来予想図なんて『妥協』にすぎないと言うことを、御坂の言葉は暗に伝えていた。


 沈黙が続いた。

 どうして僕が役者を志したのか、そんな簡単なことさえ僕は忘れていたのだ。


 「本当にたいせつなものは、案外近くにある」ということを思い出すには、今の僕には時間が必要だった。



「ちわーっす! 注文の『ニンニクラーメン チャーシュー抜き』出来上がりました! お熱いので、お気を付けください!」

 長い沈黙を破ったのは、御坂の注文したラーメンを届けに来た店員だった。……というか、カフェでラーメンって、どういう店なんだ? ここは。

「わーっ、前から食べたかったんだーこれ」

 無邪気な笑顔を見せる御坂に、さっきまでのシリアスな様子はなかった。

「カロリー大丈夫なの、それ?」

「たまには、こってりしたものが食べたくなるんだよ。チャーシュー抜いてるからカロリー方面もだいじょうぶ!」

 チャーシュー抜いただけで、どうにかなるカロリー量には見えなかった。



「ごちそうさまでしたー。と言うことで、勝負だーっ!!」

「は!?」

 意味がわからない。

「あたしもホルモンバランスのコントのネタを考えるよ。どっちのネタがウケるか勝負しようよ!」

 御坂の思考は、常人には予想できない。

「次のホルモンバランスのコントの台本はあたしが作るよ。さっきマリオが渡してた台本と、どっちがお客さんのウケがいいかで勝負ね」

 作るとか、簡単に言ってのけてるけど大丈夫なのか? いくら天才の御坂でも、この勝負はさすがに
僕に分[ぶ]があるように思える。

「わかった。御坂がやりたいなら、僕は従うよ」

「マリオが勝ったら、あたしがなんでも言うこと聞いてあげるよ。あたしが勝ったら、マリオのゴーストライター稼業は廃業して役者に専念すること」

「え!? なんでも言うこと聞くとか……」

 一瞬にして頭の中がピンク色に染まった僕をからかうように御坂は言う。

「もう勝った気でいるの? 気がはやいんじゃない? よーし、じゃあさっそくマリオの鼻をへし折ってやるためにネタ考えよっと! じゃあね~」

 風とともに去りぬ御坂だった。



「マリオは、きっと連続ドラマで主演張るような役者には、ならないと思う。……だけど、マリオはマリオだけしかない場所を見つけて、そんな立ち位置を持った役者になると思うんだよ。そんな日が来ることを、あたしは期待していたいんだ」

 去り際に、御坂が本気とも冗談ともつかない調子で言った言葉だ。




 ——1ヶ月後。

 コント台本の勝負は、御坂の圧勝だった。

 僕は忘れていたのだ。

 SGM128のバラエティー番組でのコント台本は、ほとんど御坂が執筆していたということを。

 Wikipediaにも書いてあるような、御坂の才能を僕は忘れていたのだった。

「あたし、今ならマリオが言おうとしてたことも理解できるよ。ゴーストライターの優越感ってやつ? 誰も知らない秘密を自分が握ってる感覚って、なんか楽しいね! いやあ、なんでも経験してみるもんだね!」

 超速筆の売れっ子ゴースト構成作家さまは、売れない役者に逆戻りした僕に慰めの言葉を掛けるのだった。

 お笑い芸人ホルモンバランスは、芸の幅が広がったとして、この年ますます人気を集めるのだった。その陰に、僕と御坂のこんな勝負があったことは、誰も知らない。

 特別編 おしまい

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