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創作小説・神崎直哉の長い1日 第6話 朝食ーモーニング息子。ー



 制服に着替えた俺は、朝食を食べにリビングに行った。

「あっなおや!待ってたよ~早く食べよ~♪」

 必要以上にデカい食卓の上には、簡素なジャム付トーストとコーヒー。

 そして先程の謎の行動が無かったかのように、凛がヘラヘラしながら待っていた。

 先に喰ってればいいのに。

 こいつはいつも、お預けをくらった犬のようにおとなしく待っているのだった。

「加齢臭は?いないみたいだけど?」

「マーシー!?なんか電話してるみたい!担当さんかな?わたしたちふたりで先に食べててくれ~って言ってたよ~」

 ちなみにマーシーとは、俺が二年ほど前に付けた親父のあだ名だ。

 その由来は、もちろん田代ま〇しに似ているからである。

 「ミニにタコ」などの名言で有名な英雄だ。

 今はいったい何をしているのだろうか(どうでもいい)。

 凛はこのあだ名を「外国の人みたいでかっこいい」とかいう理由でえらく気に入っていた。

 もちろん田代ま〇しは立派な日本人である。

 凛は間違いなく田代の事を知らなかった。

 凛はマイケル・ジャクソンとマイケル富岡の区別もつかないやつである。

 加齢臭は、そんな凛に二年もの間マーシーと呼ばれ続けたが、嫌な顔ひとつせずにこやかな顔を凛に向けるのだった。

 ある意味、尊敬に値する男ではある。

「ねえなぉや~!華麗臭ってのが最近の流行りなの~?」

 俺が田代に思いを馳せていたら、バカみたいに幸せな面でトーストを頬張る凛に尋ねられた。

「ああ。もう見事にヤツの特徴を掴んだイカすあだ名だろう」

 しかしあだ名に流行りとかあんのか。
 
「…カレイ……華麗。うんいかにもマーシーな感じだよね!悪いヤツから攻撃を喰らっても、ヒラリヒラリとかわしそうだし!」

 凛は思い切り間違った想像をしていたが、面白かったので放置しといた。

 どこをどう見てもあの軟弱中年男が、悪の怪人の攻撃を華麗にかわせるとは思えんのだが。

 ちなみに、加齢臭かつマーシーであり、官能小説家の金剛玉の助の本名は琢美である。

 ほとんど忘れられていたが。




 そんな楽しい?朝食を終え、俺と凛は家を出る。
 
 結局、加齢臭と顔を合わせることもなかったな。

 別にうざいだけだから、いいのだが。

「さて、そろそろ出ないと遅刻しちまう」

 玄関のドアを開け、まさに脚を踏み出さんとしたところで、後方から恐ろしい殺気を感じた!


 加齢臭がブザマとしか思えん走りっぷりで、俺たちに向かって来ていた!

「ちょーっとー待ってー!行く前にー大事なーはーなーしーがー…」

 キモい!!


 バターン!!

 俺は思い切り玄関のドアを閉めてやった。

 そしてハンカチで汗をふき、凛に向かって言った。

「とっとと行くぞ」

「…いいのかな?マーシー大事な話があるって…」

 不気味なオーラを漂わせる玄関前を見つめながら、凛が呟いた。

「いいんだ。どうせ、今日は凄いデカい大便が出た!ギネス級だぜ!とかいうくだらねー事を言うに決まってる。時間のムダだ」

「うわっ…なおやお下品だよ~」

 下ネタの方に過剰反応した凛はそれ以上、さっきの話を繰り返す事はなかった。


 ふと、表札が目に入った。

 普段は気にとめる事もないが、なぜか気になった。

 木製の表札には『神崎』と俺の名字が彫られてある。

 神崎直哉。それが俺の名前。

 当たり前のそんな事を、確認するかのように頭の中で反芻〔はんすう〕していた。

 予感があった。


 何かが変わるという予感が。


「ねえなぉや~!ボーっとしちゃってどうしたの~」

「!」

 凛の声で我に返った俺は、凛の手を取り、

「あっ…なおやっ…」

 いつもの通学路に向かって走り出した。


 いつものように幼なじみの手をとりながら。

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