創作小説・神崎直哉の長い1日 第11話 保健室登校の甘美な誘いー大事マンブラザーズ的恋愛ー
※この作品のオリジナル版は2006年に執筆されたものです。
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「で、ビンタされたってわけ~。は~っカッコ悪いね~」
タバコ臭い。
妙齢の白衣の女が俺の前でタバコをふかしていた。
喜多原夕果。俺の通う高校の保険医兼スクールカウンセラー。
趣味タバコ吸うこと。
ちなみにここは保健室の中です。
て、いいのかよオイ!
まあいつもこの人はこんな感じだったりする。
教師連中の前では、別人のように真面目な素振りを見せるらしいが。
「おい。めちゃくちゃタバコ臭いんだが。バレないんかいこれで」
ちなみに俺はさっきの草薙のビンタの痕[あと]が物凄くて、授業に出るに出られなくなってしまった。
とりあえずここに避難しているわけだ。
「匂い? ちゃんと窓も開けて換気してるし、だいじょうぶっしょ~」
「はあ」
「仮に他の教師に突っ込まれたとしても~、あたしがいないときに生徒が隠れて吸ってたんじゃないですか~とか言うから平気よ~」
おいおい責任逃れかよ。
「ひどいなそれは……。疑われるヤツが不憫でならない」
「疑われるようなヤツは元々隠れてどこかで吸ってるようなヤツなんだから別にだいじょー―ぶ。知ったこっちゃないわ~」
「それもそうだな」
納得してしまった。喜多原の方もどうかとは思うのだが……。
「神崎はタバコ吸わないんだっけ~? 今どき珍しいよね~古典的思考の持ち主の高校生クンは」
だるそうに聞いてきた。
「別にマジメだとか古典的だとか、そういうわけじゃなくて、単に親父が吸わないから俺も興味がなかっただけだ」
加齢臭は酒も飲まないんだよな。そういえば。
「ふ~ん。健康的でいいわねえ~。あたしも自分がこんなヘビースモーカーになるなんて思わなかったわ~」
なんか愚痴モードに突入したようだ。こうなると話が長いのだ、このひとは。
「もうコレを吸い始めて5年か~。彼氏に憧れて始めたのよね。タバコ」
「そうか」
適当に相槌を打つ。
「何でも彼の事マネしたくなるのよね。彼の読んでる本を自分も読んでみたり。彼の好きな映画を見たり。興味のなかったバンドの曲も好きになったりしたわ~」
そんな事を言いつつ、喜多原は歌を口ずさみ始めた。俺が小学生の頃のヒット曲。幼稚な歌詞の、永遠の愛を歌った曲だった。
喜多原は遠い目をしながら窓の方を見て、トン、と灰皿に吸い殻を落とした。
「その彼氏と別れて、もう3年になるけど……、タバコは結局やめられなかったな~。まったく余計な楽しみを教えてくれたもんだね」
自嘲的に笑う先生の声はどこか淋しげだった。
さっき先生が口ずさんでた曲のバンドも最近では見かけなくなって久しい。
永遠の愛を歌ったバンドもやがて忘れられていくのだろうか。
「悪い悪い! 愚痴になってたね~。まあ、カウンセラーという仕事もストレスが溜まるもんでね~」
「まあまあ興味深い話だったぜ」
別にそうでもなかったが。
「そ~う? 毎日のように女子生徒に恋愛の悩みだのなんだのを相談されてるとね~。な~んかね、むなしくなってくるわけよ~。今の自分を考えてみたり、昔を思い出したりね」
まあ毎日悩みを聞いてたら、聞いてるほうもウンザリしてくるだろうな。
「まったく、あたしも誰かにカウンセリングしてもらいたいもんだよ。松平健みたいなシブいおじさまとか~、あっ松方弘樹も捨てがたいね~」
かなり変わった趣味だよなこのひとは……
「さ~て、あとはこのデッカい絆創膏をはっつけて治療終了っと! 」
先生の手が俺に近づく。
性格的には嫌いではないタイプだが、それでもカユくなる。
「……やっぱりカユくなっちゃうの? この程度で?」
「ああ……。俺はやっぱ異常なんかな~」
喜多原は教師サイドの中で唯一、俺が女性恐怖症だという事を知っている人間である。
「まあ人それぞれだからね~。しょうがないわな」
喜多原は軽いノリの変人ではあるが、俺の秘密を口外したりしない信頼できる人間である。
「しかしコンドームがカバンの中に入ってるぐらいで、そこまでするかね~」
改めて俺の頬を見つつ、喜多原が言った。
「まあ、よく考えてみれば有ってもおかしくないものだけどな」
女性恐怖症の俺には縁のない物だけどな。
「そのビンタくれた子の名前わかる?」
「草薙とかいったな……。ちなみにクラスメイト」
草薙という名に先生が反応した。
「…………」
その沈黙気になるんですけど。
「おい喜多原?」
喜多原は俺の問い掛けが聞こえなかったのか、ただ独り言のように呟いた。
「神崎……女性恐怖症……草薙ちゃん………………、これも運命か…………」
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