断片小説ケーキ・前半部が紛失した原稿を晒してみる
以前、個人サイトに掲載していたケーキという題名の小説。一気にまとめて発表したのですが、ページの都合上か上中下の三部構成になっていました。
レンタルホームページのサービス終了に伴い、この小説も現在では読むことができなくなったのですが、結構力を入れて執筆した作品群もあったんですよね。最近になり、インターネットアーカイブ内のウェイバックマシーンでいくつか作品をサルベージしたのですが、今作もその中のひとつの作品です。
でも、前半部が丸々無い!
思い出して書くというのもありなんでしょうが、書いた本人すらですら当時の文章がどんなんだったか思い出せない。若さに任せて、勢いでガーっと書いた文章なんで、当時のノリの再現は難しい!
え、そういうもんなの?という方もいると思いますが、これはあの手塚治虫先生の実質的なデビュー作『新宝島』について、「これ、本当はもっと色々なエピソードがあったのに、共同作者の酒井七馬が勝手に削除したり変更したりしやがった! 全集に入れるために、新たにイチから描き直したけど、昔に描いた当時の内容はおれでも全部覚えてへんかった!」という旨のことを語っています。あんなビッグな手塚先生ですら、こうなんだから、私みたいなボンクラが当時の文章を再現するなんて不可能!
ケーキ
(上)紛失
クリスマス。
辺り一面は真っ白な雪景色。
両親と姉妹、ごくごく普通のありふれた一家だった。
クリスマスケーキを買ってもらい、胸を弾ませながら帰途につく妹。
衝撃音。
白、赤、黒。
それから。
目覚めたわたしは、家族たちとともに今からケーキを食べるために居間にいた。
ケーキを分けるために、父親、母親と順に切り込みを入れていくのだった。
(中)
でも、お母さんなんかやっぱり貞子チックなスローな動きで、いつもはタマネギを泣きながらも素敵マダムな刻みっぷり!って感じなんだけど、今日は死んだ人みたいにゆらりって、直角にストーンと腕が落ちて、でもタマネギ刻むときみたいに泣きながら、ケーキに切り込みを入れてた。
ケーキが四等分になった。
お母さん、その後も放心してて、下向いて泣いてて、ナイフ持ったまま泣いてて、こりゃ修羅場だ!お父さん、すわ浮気ですかとか思ったけど、お父さんそんな事する人でないのは、私がいちばんわかってるよ~!おお我が娘よありがとう!とかそんな展開にはならず、やっぱり格好良さ通常時8割り増しなお姉ちゃんが、憮然とした感じで宝塚チックな動作で、こりゃ『女王の教室』みたいなドラマの主演を張れるんじゃないか、すげーお姉ちゃん見直した!そんな未来キャリアウーマンな動きで、サイボーグみたいにお母さんの手からナイフを取り上げて、それで、四等分になったケーキの前に立って、お姉ちゃんの顔は悲しげ。
ああ、でもなんかこんなに綺麗で凛々しくて格好いいお姉ちゃんを見たのは初めてだった。
お姉ちゃんは、なんか正月の時代劇特番の新撰組に出てる、沖田荘司みたいな、しかも女の子のアイドルがやってるみたいな剣さばきってか、ナイフさばきで、なんか空気を一文字に斬ったみたいな感じに見えた。
うわこれはお金払ってもいいかもとか思うくらいお姉ちゃんは素敵だった。
素敵女子中学生!
お姉ちゃんは無言でナイフ持ったまま、立ってた。
六等分になったケーキを、素敵に綺麗で凛々しく格好良く、それでどこか悲しげに見つめてた。
それで、なんかいきなり私を見た。
ああお姉ちゃん。
なんでそんなに今日は格好いいんだろう。
そんな事思うんだけど、とにかくお腹空いたし、さあ最後は私の番だよ。
早くケーキが食べたいし、お腹空くから、ナイフを私に貸してよお姉ちゃん。
いつもみたいに下手くそな、ケーキ入刀になっちゃうだろうけど、許してくれるよね?だって、やっぱり、せっかくのクリスマスに食べるケーキは、大きいのがいいし、実はわざと下手くそに切って、大きい2つをお姉ちゃんに譲ってもらってるってのは秘密で言えない。
ああなんでお姉ちゃん、ナイフを私によこしてくれないの?
もしかして、いつも私がケーキを切るのが下手くそなのは、大きいケーキを食べたいからわざとやってるってのが、わかっちゃった?
私はずーっと黙ってるお姉ちゃんにちょっとビビり始めたら、そうしたら泣いてたお母さんがワーッとひときわ大きな声で泣き始めて、こりゃ大声コンテストがありゃ優勝確実じゃね?とか思ったら、お父さんまでなんか男泣きし始めて、よくわかんないけど、我が家はてんやわんやだ。てんやわんやって、よくわかんないで使ったりしてるけど、とにかくそんな気分の女子中学生な私だ。
わけわかんないけど、私はお姉ちゃんに、ナイフ貸してよナイフ貸してよとさっきみたいに泣きついてみた、さっきっていうか毎日のように泣きついてるんだけど、お姉ちゃん優しいからいつも私の事聞いてくれるし、今回だって私の言うことは聞いてくれる。そうお姉ちゃんは私には甘いんだ、だからナイフをいまにも私に、
「ほんとは悔しかったんだよ。いつも……」
綺麗で凛々しくて格好良いお姉ちゃんの目から涙がマンガみたいにポロリとこぼれて、その嘘みたいに美しい涙の粒がああっ、ケーキの上に落ちちゃうとか固唾を飲んで見てたら、なんかナイフがストーン!とケーキにくい込んでって、ケーキさんは見事に美しい八等分のケーキになったのです。
うわあこんなに綺麗に八等分になったケーキ見たの少なくとも我が家では初めて~素敵~っ!あれちょっと待て私ケーキ切ってない、なんで?
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでとか10回くらいなんでか考えてたら、急にお姉ちゃんがワーッとお母さんみたいに泣き出した。
お母さんもまたワーッと泣いてた。お父さんまでウォーッとか言って泣き始めて、お姉ちゃんは泣いてるうちにいつもの弱々しい儚げで死にそうなお姉ちゃんになってた。
なんでみんな泣いてんだろう、なんでケーキ食べないんだろう、なんで私のけ者になってんだろう、実は私も泣いてんじゃねーのとか思って、いっちょ顔でも見てやっかと鏡の前に立ったら、私がいなかった。
ホワイなぜに?
(下)
スポットライト浴びてホワイなぜに!と絶叫したくなる私だったが、なんとなくもう、どうでもよくなってきて、ああマジ疲れたとか寝ようとか思って、ケーキの事は諦める事にした。なんかみんな泣きまくってるし正直私引き気味ごめんなすって、マイファミリー。
私はお姉ちゃんと共有の自分の部屋に行った、ってか中に入った、そしたらなんかお姉ちゃんがいた。
うわあ、なんじゃお姉ちゃんの高速ワープっぷりは、こりゃサイヤ人とかが使う瞬間移動を習得したのかお姉ちゃん!こりゃ侮れねえぜマイベイビ!とか思って、それでベッドの上で毛布かぶってあったかそうにスヤスヤ寝てるお姉ちゃんの寝顔を見ようと近付いて、どれどれ寝顔拝見といきますかとテレビでやってるドッキリ番組みたいに、毛布ガバーッと開けたら、お姉ちゃんはなんか傷だらけだった。てか死んでた。
お姉ちゃん死んでた。
????
私はわけわかんなくなって、さっきのお母さんお父さんみたいにワーッと叫びたかったけど、どういうわけか声は出なくて、人間てのはつくづく不便な生き物ですとどこか哲学的で深遠な考えに浸ってみたりやっぱりわけがわかんなくてとにかくわたしは走り出した。
狂ったみたいに走って走って、さっきのケーキのとこに戻ってきたのは、やっぱ私がまだお腹空いててケーキ大好き人間でケーキは別腹なんですたいとか日々クラスメイトたちに主張してるんでケーキさんからも表彰状もらえるよねとか夢に見たぐらいで、そうしたらお姉ちゃんが泣きながらケーキ食べてた。お母さんお父さんは泣き続ける中、お姉ちゃんケーキ食べてた。まずそうに泣きながら食べてた。お姉ちゃんのくせにマナー悪いと思った。てかそんなに私がいつも大きいケーキ食べてんのが悔しいのかと思ったりした。それを見て私もなんか悔しくてうわあお腹空いたよ。
お姉ちゃん生きてるし。
ホワイなぜに第二弾です俺のライブに来てくれてありがとう!今夜俺に抱かれたいメス豚は気軽に俺のホテルに来ちゃいな!あれホワイなぜにの人こんなキャラ違いましたかまあいいや。
お姉ちゃん生きてる!
お姉ちゃん生きてる!
あれ?じゃあさっき死んでたのは誰だよとか思って、もう完全になにがなんだかわかんねっすな状況下。
こんなときは、じっと手を見る。ついでに手と手を合わせて幸せーとかやってみるべきだよね、うん前向きポジティブシンキングな私に幸あれ!
手がなかった。
意味わかんねマジわかんねあ~なんか頭でも掻きたいよのこりゃこりゃとか思ったけど手がないんだから頭掻けるはずないじゃんじゃあ脚はどうなんですかとか思って下を向いたらなんにもなしだよもう私はどうしたらいいんですか神様教えてくださいよ普段神様なんて全然信じちゃいないけど緊急事態なんでひとつよろしくお願いしますお賽銭あげますええ五円ならあげます御縁があります怒らないで私貧乏人の娘ゆえお許しくださいお代官様ぁとか思っていつものお姉ちゃんみたいに挙動不審に辺りを見回したらケーキが入ってた紙袋が目についてあれなんか変だなとか思いじっと目を凝らして目と目が合ったらミラクルな感じでとにかく見つめる。血がついてた。
血じゃん。
誰のだっつーの!
あれ?
あれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれ
もしかして私のだったりしてというか私しかありえないって感じですかあれあれあれあれあれあれあっ
雪が降ってて
綺麗だって思って見てたんだ
なんか耳障りな音がするなって思って
あっ!
なんか真っ白い雪に赤いのがポツポツってなってて。
なんか私の好きなイチゴが乗った、真っ白い生クリームのケーキみたいだなって思って。
ああ綺麗だ。
うん。
よくわかんないけど。
綺麗だって思った。
私はそのとき、憧れの優しくて普段はなんか弱々しいけど、でも芯は力強くて凛々しいお姉ちゃんみたいになりたいって思ったんだ。
うん。
お姉ちゃんは好きだ。
なくした記憶を見つけた。
よかった。
なんか今は体が痛くて痛くてしかたないけど、こんなもの寝て起きたら、きれいさっぱりなくなってるよね?
ああ、今年の紅白はどっちが勝つのかな。
お父さんありがとう。
お母さんありがとう。
お姉ちゃん大好き。
なんだかよくわかんないけど、お礼を言いたいよ。
泣きそうなんだけど、なぜか涙が出なくて、つくづく今日は不思議な日だね。
あれ?
お姉ちゃん?
ケーキ食べさせてくれるの?
ありがとう、嬉しいよ。
でも、私、今寝てるんだよ?
行儀悪いし、お母さんに怒られちゃうよ。
だから明日でいいよ。
うん。
どうしてお姉ちゃん泣いてるの?
明日また会えるじゃん。
なんだか眠たいよ。
おやすみ……
……………………
……………………………
†
10年後。
「それでは、新郎新婦結婚後、力合わせての初仕事!ケーキ入刀の時間です!」
クリスマスに執り行われる、結婚披露宴。
新郎は共に巨大なナイフを持つ新婦が泣きながら、ケーキにナイフを入れていくのを不思議に思った。
しかし、その姿は力強くも凛々しくて、美しくて、それは新郎が初めてみた彼女の最も美しい姿だった。
―了―
前半部分というか、これ以外の消えた作品群、誰か保存してた人いないかなあ、、
ちなみにわかる人はわかると思いますが、舞城王太郎風文体で乙一的な話を書くという実験でもありました。
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