見出し画像

創作小説・私立諸越学園芸能科 第2話

※この作品は、2012年に執筆されたものです。
======


第2話 夏休みの宿題を最初にやるか、最後にやるか。君の運命は、その時点で決まっている。


 宿題が終わらない。
 いや、学校側から出された本来の宿題はとっくに終わっているのだ。生徒の出席率が極端に低い芸能科の宿題の量など、たかが知れている。
 終わらないのは、御坂から出された宿題だ。

 時間は、あの日の夜に逆戻る——

 テンパった僕が、自習時間中に思わず叫んだ「僕はこのままでいいのか? なんとかしなくちゃいけない!」という言葉。それに対して御坂たちが出した答えは「なにをするかは自分で考えろ。明日までの宿題だよ~」というものだった。

 自宅に帰り、夜になり、冷静になった僕が今更ながらに「やっちまった!」と気恥ずかしくなってきた頃、御坂からメールが来る。あの、ふざけた風景写真付きのメールには、さらに続きがあったのだ。

『ねえ、没ショットどうだった? なかなか素敵だったでしょう? マリオの煩悩が洗い流されるようなw』

 御坂には、僕の浅はかな考えなどお見通しのようだが、それを悟られるのも嫌なので、以下のように返信する。

『確かに良い写真だったね。でも、まあ風景よりは御坂の写真を増やしたほうが売り上げが良いだろうから没になったのは、賢明な判断かな』

 内心では、自習時間内に味わった御坂の柔らかな胸の感触をいまだに反芻[はんすう]しているような状況だ。

 数分後、再び御坂からメールが来る。また写真が添付されているようだ。文章は『じゃあ、これ』と、素っ気ないひとこと。

 添付画像を開く。
 水着だった。
 ビキニの水着姿の御坂が写っていた。
 たいへん布面積の少ないビキニだった。
 それは、出るところが出て、減るべきところが減っている御坂のけしからん体を引き立てる素晴らしいビキニだった。

『もっとください。おねがいします』

 僕は、無意識のうちに上記のようなメールを御坂に送っていた。

『マリオは本当に煩悩に忠実だねぇw それ、写真集には収録されないけど来週出るスライデー用のパブだから、買ってね~』

※スライデー……芸能、政治スキャンダルを中心に扱う写真週刊誌。

『来週の金曜日だね。御坂の直接の頼みなら仕方ないな。僕の少ない小遣いから購入させてもらうよ』

『マリオ、無理して 冷静な振りしなくていいからw そうだ、スカイプでもする? 声くらい聴かないと、マリオは寂しくておかしくなっちゃうんでしょ?』

『いや、僕は常に冷静だ。スカイプかあ、御坂がそんなにいうなら』

『じゃあいいもん、もう寝る』

『すいません超さびしいです。スカイプおねがいします』

 僕は、すっかり御坂に翻弄されていた。




 (とある事情でフェイドアウト気味とはいえ)トップアイドルと親しげにスカイプで会話するなんて、ちょっと前までは考えられない事態だ。でも、今はこんな風に御坂にからかわれることも僕の日常のひとつとなっている。

「こないださあ、暇だったから乙ちゃんでスレを立てたんだ」

※乙[おっ]ちゃん……匿名掲示板、「乙ちゃんねる」のこと。

「ちょ、み、御坂それ本当か」

 オタク系アイドルならともかく、あのSGMの元センターが乙ちゃんにスレ立てるとか前代未聞だぞ。

「地下アイドル板だっけ? あそこが実質SGM板と言われてるみたいなんだけど、そこに匿名で書き込みしてみたの」

「ほお、なんて?」

 時刻は、既に24時を回っていた。眠気覚ましに用意したコーヒーに、僕は口を付ける。かつて御坂がCMに出ていた缶コーヒーだった。抽選で当たる景品目的で、箱買いしていたので大量に余っているのだ。結局、景品の御坂グッズは当たらなかったが、いま当の御坂本人と親しげに話しているのだから、運命は不思議である。

「えっとねー……」

 まるで、その先にある言葉を口に出すのを躊躇するような、照れた声色だった。

「『御坂あかりは処女か否かアンケートしようぜ』ってスレ」

「ブーーーッ!!」

「ちょ、どしたのマリオ!?」

「ゴーヒーぶいたッ、ッ、ブバァッ! ぎ、ぎぎゃんにひばいぱーッ!?(コーヒー吹いたッ、うわあっ、気管支に入ったーッ!?)」




「いきなり、ブーとか言うから高〇ブー
さんに、なにかあったのかと思わずテレビ付けちゃったじゃない」

「そういう不謹慎なことは言わなくていいから。で、アンケートの結果はどうなったんだ」

 極めて冷静に装いつつ、天気予報の結果を訊ねるかのごとく聞いてみた。

「やっぱりネットのひとたちは冷たいね。肉食系とか、ヤリマンとか酷い言葉ばかり書いてあったから、途中で見る気なくしたよ」

 やはり、御坂がSGMを脱退するきっかけになった『あのスキャンダル』が糸を引いてるみたいだな。もっとも『あのスキャンダル』がなければ、僕と御坂の今の関係も無いのだが。

「で、気分転換代わりに、今度はVIP板に行って『杉田眞理雄というタレントを知ってますか?』というスレを立ててみたよ」

「いや立てなくていいから」

「結果を言いますと、やっぱりまだまだみたいだねマリオは」

 気になったので、自分で乙ちゃんの過去ログ倉庫で『杉田眞理雄』と検索してみる。

====

杉田眞理雄というタレントを知ってますか?

886レス中 1-10表示

[雑談系2] > [ニュー速VIP]板

1 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 20XX/08/14(火) 23:41:45.43 ID:1A7kBQE0 : AAS
意外と悪くない演技するよ

2 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 20XX/08/14(火) 23:42:44.91 ID:D1QTz7mY0 : AAS
誰だよw

3 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 20XX/08/14(火) 23:43:14.87 ID:oN0jtJG+0 : AAS
1=本人の自作自演ステマ乙

4 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 20XX/08/14(火) 23:44:26.18 ID:XLV6PkEM0 : AAS
やっぱりファミコンの3が神かな
あれは神バランスだった

5 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 20XX/08/14(火) 23:47:21.62 ID:NPRgAl1B0 : AAS
ワールド一択

6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 20XX/08/14(火) 23:51:04.48 ID:9iTsB1uH0 : AAS
ニューマリが初マリオのゆとり参上

7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 20XX/08/14(火) 23:53:02.18 ID:iZZSY/HF0 : AAS
マラ男さん、キノコ喰ってビッグになるとか卑猥じゃないすか

8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 20XX/08/14(火) 23:55:36.03 ID:CFIJvTDH0 : AAS
マラ男いうなw

9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 20XX/08/14(火) 23:57:05.52 ID:B6g/fnLk0 : AAS
>4 3とか最後パタパタの羽無双じゃん
使わないでいくとマンドクセだし

10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします : 20XX/08/14(火) 23:59:21.45 ID:1A7kBQE0 : AAS
俺は2をルイージ縛りで全クリしたことあるぞ

====

「へー御坂はゲームも得意なんだな。あいこん(SGMメンバーのひとり)のブログでゲームしてる御坂の画像は昔良く見たけど、ちゃんとやり込んでるとは思わなかった」

 僕の話題など、3レス目で終了していた。そして、以後はゲームのほうのマリオ雑談スレと化していた。スレを立てた御坂が10レス目で再登場するも、ゲーム雑談に参加するのみで僕に対するフォローなど全くなかった。

「ゲームはメーカーさんからタダで貰えたり、ファンのひとたちがくれたりするからね。せっかく貰ったのに積んどくのも悪いから、ちゃんと遊んだよー。SGMの収録の空き時間とか、他のメンバーはあんまし絡んでこないから、そのときとか」
 
“御坂あかりは孤高の存在”

 SGMメンバーのブログでは、頻繁に登場する言葉だった。

「あ、過去ログ見ちゃったのか。ごめんねー、マリオの宣伝してあげようかと思ったんだけど、うまくいかなかったよ」

「いや、別に気にしてない」

 本当は、かなり気にしている。

 本日5本目の缶コーヒーの蓋を開ける。微妙な沈黙が続く空気を読んだのか、御坂が話題を切り替える。

「そういえば宿題だよ。宿題! マリオくんの退屈な日常に革命を起こす打開策を考えよう! っての。なんか思い付いた?」

「いや全然。見当もつかないな」

 そんな簡単に思い付ける頭があったら、もう少し僕も俳優としての知名度があるはずなのだ。

「しょうがないなぁマリオくんは。じゃあ、明日までにあたしが納得するアイデアを思い付いたら、ご褒美をあげることにしよう」

「ご褒美?」

 その行為に意味はないと知りながらも、僕はPCモニターの前に、思わず身を乗り出していた。

「あたしが処女かどうかを確かめる権利をプレゼント」

 僕がコーヒーと鼻血を吹き出すのと同時に、御坂はスカイプからログアウトしていた。




 翌朝。
 僕は、走っていた。
 かつてないほど、全力で走っていた。
 こんなに全力疾走したのは、昨年の体育祭の100m走以来だった。競技の結果は最下位だったが、今日のペースで走れたら今年はブービー賞は狙えるかもしれない。これも御坂のおかげである。

 ……と、呑気に考えている余裕など、今の僕にはなかったのだ。
 急がなければ、遅刻してしまう。
 
 昨日は徹夜で、御坂からの宿題に取り組んでいたのである。その甲斐あってか、いくつかの案を出すことができた。この案を御坂にはやく伝えるんだ! と、意気揚々と我が家を出たものの、通学に利用している電車内でちょっと目を閉じたが最後、そのまま終点まで寝過ごしてしまった。結果、全力疾走。



 教室の扉を開けると同時に、チャイムが鳴る。
 既に教卓の前に立っていた教師・クリス谷脇と目が合う。

「アウト? セーフ?」

 クリス谷脇の顔を窺う。

「セーフ! 杉田くんは日頃の行いが良いので、特別サービスです。では、速[すみ]やかにSit down」

 英語教師クリス谷脇は、時折テレビの英会話教室にも出演しているだけあり、ノリが良かった。

 席に向かう途中、呆れ顔のクラスメートたちの視線が突き刺さる。

 その中で、ひとりだけ僕に目もくれず黙々とノートに向かう女子生徒がいるのが目に付いた。

 あれは、誰だっけ?

 ところで僕は気が付いたことがひとつ、ある。

 相も変わらず空席が目立つ我が教室だったが、最近は出席率の良い「彼女」がいなかったのだ。




「写真集の追加撮影だってよ。マリオ、知らなかったの?」

 1時限目終了後、休み時間に突入した直後、爆睡していた杜田を叩き起こして出た答えが、これだった。

 僕は、また、御坂にハメられたのだった。

「ところで、教室見て見ろよ。珍しいヤツが来てるぜ」

「誰だよ」

 僕の質問に、杜田は教室の後方を指差して答える。

 その指先が示していたのは、先程の僕の失態には我、関せずと黙々とノートを取っていたあの女子生徒だった。

「中谷亜依子、SGMの現リーダーだ。普段めったに来ねえくせに、御坂が休みの日に限って来るとはねえ」

「あれが、『あいこん』!?」

 テレビやグラビアの中で、愛くるしい笑顔を振りまく『あいこん』との余りのギャップに、僕は驚いていた。その違和感に思わず僕は中谷を観察してしまう。

 その視線に気が付いたのか、中谷は唐突にノートから目を離し、僕を睨み付けた。

「うわっ」

 あまりの鋭い視線に、思わず声が出る。

 と、そのまま中谷は立ち上がり、僕の席に向かって歩き出したのだ。

第3話に続く。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?