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キャパ涙(11月エッセイ③)

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〜11月24日 09:00

 大学4年生の春に何度か映画を見に行っていた時期があった。その時に予告に流れたクレヨンしんちゃんとドラえもんと僕のヒーローアカデミアでボロボロに泣いた。  
人は年を取ると涙もろくなるというが、こんなに早く、そして本編ではなく予告で泣けるほどに脆くなるのかとちょっと自分に引いた。
自分はあっという間にジジイになってしまったのかと思ったけれど、あれから2年以上が経って、予告で泣くことは無くなった。作品やライブを見て、心が動かされることはたくさんある。最近だと以前に読んだ小説を読み返して涙した。ただ予告だけで泣くということは、今思えば異常なことだった。

 大学4年生の春、就職活動真っただ中だった。周りのほとんどは内定を複数の会社から貰っており、そうでない人は公務員試験や大学院進学に向けて勉強をしているような状況だった。内定を貰っていないのが自分だけに思えて、全てが敵に見え、人との連絡を取るのも嫌になった。平日はエントリー シートの提出と面接の繰り返しで、週1回に絞っていたアルバイトも土曜日の12時から24時を回るまで働き、精神的にも肉体的にもきつかった。帰り道にコンビニで度数の強い酒を買い込み、すぐに飲み干し、昼過ぎまで眠る。それが唯一のストレス発散方法になっていた。

 「所詮、大学生の辛さなんて社会に出た後に比べたら大したことない」と言われたこともあった。つい人の辛さや苦しみを客観的に相対化してしまいがちだけど、その人の中では絶対的なものだ。過ぎたことに対してあの経験があったからと思うことはあっても、苦しい瞬間は苦しいだけで、そこに貴賤はない。
 自分の大学4年生の前半は今思い出しても、もうやりたくない。ただただ生活が荒れて、自分の情緒が狂っていた。予告編を見ただけで簡単に涙が出てきたのは、自分のキャパが常に溢れかえっていたからで、あの経験があったから良かったことは今のところない。

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