003 代謝③ 牧畜と農耕
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原始時代の人間は、道具の使用や調理、保存といった、他の動物ができないような高度な技術を身に付けるようになりました。
とはいえ、日々の代謝のために、食べられる植物や動物といった有機物を探索しては捕まえなければならないのは、他の動物が行っている採食行動とさして変わらないといえます。
採食行動のさらなる高度化の画期として牧畜と農耕が挙げられます。
その起源について、自分なりに想像をめぐらすと、遊牧民のようなスタイルが祖型の1つとして考えられます。草食動物の群れに帯同し、その乳(一定の期間、毎日出る)や肉を利用するという方法です。
草食動物は、人間が消化しにくい草のような植物を、乳や肉として、高度にタンパク質や脂質を濃縮してくれます。
おとなしい草食動物であれば、主従は逆転し、人間の移動に動物を帯同させるということも可能でしょう。この場合、弱い草食動物にとっては、当座の身の安全を確保できるという、共生に近いメリットがあります。
草原にあって、草食動物は、ある場所で草を大かた食べつくしては、次の餌場を求めて移動しなければなりません。跡には荒れ地が残るのですが、土の中や食べこぼし、残された糞のなかには植物の種子が含まれており、競合する植物のいなくなった場所でそれらが芽吹き始めます。
餌場の移動は長らくあてのないものであったと思われますが、やがて、ある時間の間隔をおいて同じ場所に戻ってくると、また草が生い茂っていて食べ物として利用できることがわかってきます。移動の経路や周期を計算すれば、できるだけ少ない移動距離で、安定して継続的に有機物を確保することができるようなります。
もう1つ、同じような農耕の祖型に焼畑農業があります。鬱蒼とした森林が山火事で開けると、土中や風等で運ばれてきた種子が芽生え始めます。そのうち成長が早い植物(数か月や1年、せいぜい2・3年で成長する、雑穀やイモ、野菜等)を食用とするものです。人間が食べたあとも、その食べ残した種子等から、また早ければ数か月後に成長し、食用とすることができます。焼け跡を転々と移動して植物を確保しますが、これも成長と移動の周期を確立すると安定して継続的に食べ物を確保することができます。
ただしその焼け跡も、年月とともに連作の害が出てくるほか、木々も成長して、また鬱蒼とした森林に戻ってしまいます。そうなると都合よく他の焼け跡を見つけるべく移動するか、いっそ人為的に山火事を起こします。山火事の位置的・時期的サイクルを確立することができれば、食べ物の確保はさらに長期的に安定になります。ここでは周期の感覚が入れ子になっています。
人間は、有機物を得るのにあてのない探索を続けていましたが、遊牧や焼畑農業の過程で、一定の周期で一定の範囲を移動することで有機物を安定に継続的に確保する手段を見つけることができました。この移動の範囲をある区画の範囲内に収めるように工夫すると、一種の輪作となります。こうなると保存の技術と合わせて、採食行動を移動なしに済ませることが可能になってきます。ここに単なる寝食の拠点ではない定住居と、不定形な縄張りとは違った領土という観念が発生すると思われます。
農耕の祖型としては上の2例のほかに、河川の氾濫の跡を利用する例がよく挙げられます。こちらは当初から区画の観念があったのではないかと想像します。
陸上が牧畜や農耕のために区画されるようになると、採食行動のために自由に移動することは難しくなりました。水中生物に対する漁撈を除いては、有機物の安定的な確保の手段は、陸上では牧畜と農耕が主流となり現在に至っています。有機物は、陸上では自然の中を探索して捕まえるものから、ある場所に居ながらにして人間の手で生産されるものになりました。
ただし、「生産される」とはいっても、人間は有機物そのものを生産することはできません。有機物を生産しているのはあくまで自然であり、人間はいわば自然の箱庭を自分のそばに作ることによって効率的に有機物を得ているわけです。果たして自然が行っている生産とは何なのでしょうか?
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