歪んだ日常

 ある日の朝、清々しいほど晴天の空の下、制服に身を包んだ少女が憂鬱な眼差しで空を見上げていた。その先には翼を羽ばたき、悠々と空を翔る鳥が一羽。それを彼女は羨望の眼差しで見上げていた。
 優雅に空を舞う鳥はその場を飛び去り、視線を戻した彼女は歩みを始める。
 悲し気な表情を浮かべる彼女は、重々しい足取りでいつものように、いつもの道を通り、学校へ向かう。角を曲がいつもの様に学校が見え、いつものように校門から玄関へ、玄関から教室へ移動する。
 そして、机に着くと落書きされゴミが詰まった机。いつも通りだ。

「はぁ……」
 少女は溜息を零し、慣れた手つきで雑巾を濡らし机を拭き、ゴミを捨てる。
 ネバネバした納豆の様な物が手に着き、気持ちが悪いと内心思いつつも一通り片付けた少女は席に座る。
 その様子を遠目に眺める三人の少女は、つまらなそうに彼女を眺めている。
「つまんな。今日も反応なしぢゃん」
「やっぱ、上靴に画びょうでも仕込んどく?」
 三人組の一人、莉穂が退屈そうにマニキュアでキラキラとした爪を弄りながら呟き、隣に座る華緒里が応えた。
 二人が話をしている横静かに座る幸子は、まるでゴミを見ている様な目で彼女を微笑しながら眺めている。
 彼女は軽く唇を噛んだ。毎日の様に噛みしめていたその唇はボロボロで、軽く噛むだけでも彼女の口には鉄の味が広がった。
 一見、何も感じていないと言わんばかりに平静を装う彼女だが、その内心では「なんで私なのだ」と言う悲しみと、「どうしてこんな事をするのか」という怒りに染まっていく。
 悲しみや怒りの炎は燃え広がり、憎悪に変わるのにさして時間はかからなかった。
 最初は、どうすれば辛い思いをしなくて済むだろうかと、毎日考えた末に「嫌がらせに反応をしなければ、退屈でやめてくれるのではないだろうか?」と、淡い期待を胸に実行した彼女だが、現実は非常なりとはよく言った物だ。
 上手くいくどころか、退屈に感じた三人組の行為はエスカレートし続けた。
 そうなると「どうすれば?」等と考えるのも馬鹿らしくなった彼女は次第に「どうやれば楽に死ねるだろうか」と、考え始める。
 彼女はこの世に生を受け、生きることが正しいと、そう思ってきた。
 だが、現実に自分が虐められ、その立場に立った時。彼女には、〝死が救済〟である様に思えてしまったのだ。
 今まで自殺を否定して来た彼女は、如実その絶望を知ってしまい、思う。生きているだけで辛いならば死んでしまった方が楽なのではないか、と。
 そして今日も、いつもと同じようにそんな事とを考えていると、予鈴がなり教室に教師がやってくる。
「起立、気を付け、礼、着席」
 日直が号令をかけ、ホームルームが始まり、いつものように連絡事項が伝えられホームルームが終わり、授業が始まる
 彼女は、いつもの様に窓の外を眺める。
 校舎の二階にある教室からは外が良く見え、その光景をただ眺めていた。
 時折飛び去る鳥が見え「私も鳥の様に、飛び去りたい」そんな感情を抱く彼女だが、そんな事は出来ないと諦め。ただ、羨望の瞳で眺めていた。
 だがその日は、いつもと少し違っていた。
 窓の外で何かが落ちて行くのが見えた彼女は視線を向けると、そこには地に落ちた鳥が一羽転がっている。
 それを目の当たりにした彼女は、今までに累積されたどす黒い感情という種に芽を生やし、突き破る。
 理性という殻で閉じ込めていたソレが今、この瞬間に解き放たれたのだ。

 その日の夕方、いつもの様に三人組が絡んでくる。
「み~ら~い~、遊び行こうよ」
 莉穂がねっとりとした気味の悪い声で名前を呼び、未来と呼ばれた彼女に話しかける。
 未来は思う。何時もの様に、カツアゲでもするのだろう、と。だが、今は丁度いい。彼女は内心でそう思い、微かに頬が緩む。
「いいよ」
 いつもは断る所を、今日は快諾した彼女は微かに微笑んでいる。
 三人組は少し驚くと、莉穂と華緒里が作り笑顔で笑う。
「なんだ、ノリいいじゃん」
 華緒里が、驚きなが言う。
 関わりたくない、一緒にいたくないと、幾度となく思ってきた彼女だが皮   肉な事に今日だけは、彼女らと一緒にい下校したいと、そう思っていた。
 そうして彼女達は下校し、その道中彼女達は人気の無い路地に入り、その姿を消した。


 赤色。
 彼女の見る一面はただ真紅に染まり、生暖かい感触が両手を包み込む。
 パトカーのサイレンが響く町の中、彼女はただ笑った。これが愉悦か、と。限りない解放感と快感に包まれた彼女は、まるで壊れた玩具の様に、自分の声で他の何も聞こえない程に、ただ嗤っていた。

いいなと思ったら応援しよう!