亡き過去と未来

 
 銃なんて全て無くなってしまえばいい。
 今日もそんな理想を胸に抱きながら、何も変わる事のない。変える事の出来ない日常は続いていく。

 四年前のあの日以来、私は銃が嫌いだ。

 当時私は十一歳だった。浪費癖のある母と父の怒鳴り声が毎日の様に響く騒がしい日々。ただ、私にとってはそれが普通で、ずっとこの日々が続くと信じていた。
 
 だけどある日、母が父との喧嘩の末に家を出て行き、あまり顔を合わせることのない父と二人になった。
 後に聞いた話によると、クスリに手を出していた事が父に知られて家を出て行ったという事らしい。
母は見栄っ張りで直ぐに高そうな服やアクセサリーを買ってきては父に叱られていて、今の私から見ても相当なクズ人間だったと思う。

だけど、そんな母でも私には優しかった。
料理が上手とは言えなかったけれど、一生懸命に毎日いろいろなお菓子を手作りしてくれたり、暇そうにしている私と一緒に遊んでくれる。
そんな母親が好きだった。

 けれど母が居なくなり、私の日常は変わった。
 
 毎日楽しみにしていた母の作るお菓子もなくなり、ご飯も父が作るようになった。
 けど、寂しいと思ったことは一度もない。何故なら、母親の分まで父が私を愛してくれていたから。
 
 仕事で忙しい父は、それまで帰ってくるのは私が寝た後で、朝に少し顔を合わせる程度だった。
 けれど、母が居なくなった後は仕事を早く切り上げて帰って来てくる様になり、一緒にいる時間も増えたが、最初のうちはどう話せばいいのかも分からずに二人で戸惑っていた。                                
 だけど、時間が経つにつれて互いに距離を掴み、打ち解ける事に成功して楽しく過ごすようになってしばらくした頃。
 私と父は一緒に買い物に行くことになり、夕暮れに染まる町を二人で手を繋ぎ、歩いていた。
 
狭い路地に入り少しした時、間近で一発の銃声が聞こえ恐怖したのを覚えている。

この町の治安は最悪と言っていいレベルで、銃声なんてそこら中で響いていた。 
 だから、どうせ近くでまたマフィア同士でやり合っているのだろう、と。そう思い、振り返らずにそそくさと歩き出すと同時に、繋いでいたはずの父の手が離れる。

異変に気付いて振り返ると、銃を構えた男と私を庇いながら血を流す父の姿が見えた。

「ひっ……」

 撃たれたのが父と言う現実を理解した瞬間、足がすくみその場に転んでしまい声にならない悲鳴が漏れる。
 
 そして、無慈悲に鳴るもう一発の銃声。
 
 倒れ逝く父の姿と引き金を引いた男の顔は、今でも鮮明に覚えている。
 その時の恐怖も、悲しみも。すべてが衰えること無く、脳に刻み込まれてしまったかのように。

 私は銃が嫌いだ。
 鼻に着くあの火薬の臭いが、耳を塞ぎたくなるあの銃声が嫌いだ。
 見ることも、触ることも。近づく事さえ嫌だ。

 それなのにあれから四年だった今、私は今銃を売っている。
業者から仕入れた銃をマフィアから子供まで、老若男女関係なくこの鉄塊を欲しがる奴らへと売り捌く。
銃に奪われて銃で溢れた町に生まれた、銃屋の娘。それが私だ。

 そうして今日も火薬の臭いが漂う店の中、グリスで黒ずんだ手で人殺し相手に銃を売る。

「いらっしゃいませ! 今日はどんな商品をお求めですか?」
 
 そして今日も、精一杯の作り物の笑顔で元気よく人殺しを迎え入れる。
 
「これのメンテナンスと、九ミリ弾を一箱」

 そう言い男は慣れた手つきで、腰のホルスターから使い古された拳銃をカウンターへ置いた。

「拝見しますねー」

 淡々と銃の部品を外し、状態を確認しながら客の情報を頭の中で思い浮かべる。
今日の客はエディー・クラム・コリンズ、この辺りでは珍しい白人とのハーフで、白い肌に黒い髪で青い綺麗な目の、殺し屋だ。
 まぁ、名前は多分偽名だろう。

 一応、形として書類に名前と連絡先の記入を求めているが、殺し屋なんてものは自分の名前すら満足に名乗れない生き物なのだから。

 初めて来店したのが三年と九カ月前で、今月の来店数は今回で三回目。目的は弾薬類の補充と狙撃銃の購入。
 この町には他にも腕の良いガンスミスは沢山いるが、コリンズ私の店へ来てくれる少ない常連の一人で、あの日、父を殺した男だ。
 
 取り外したパーツを清掃し、グリスを塗り直して組み立てて動作の確認を行い、カウンターへ戻して後ろの棚に並べられた弾薬箱を一つ取り出す。
 カラカラと弾がこすれ合う私の大嫌いな音が店に響く中で、私はただ、いつもの様に震えそうになる手足を作り物の自分を纏い押さえつける。

「お待たせしました! 銃のメンテナンスと拳銃弾一箱で35米ドルです!」

 この町では複数の通貨が流通しているが、その中でも大半のガンショップではドルでの支払いを求める。
 理由は簡単で、一番信信頼度の高い通貨だからだ。

男は商品を受け取り、無言でお金を差し出して店を後にした。

「毎度ありがとうございます! またお越しください!」
  
 もう来るなと言う内心を押し殺して男に声をかけ、男が見えなくなると同時に私はカウンターに設置した鏡を見た。

「上手に、笑えてるよね……? わたし……」

 口元に指を当て、精一杯の笑顔を浮かべている自分を確認し、安心した私はカウンターの傍にある椅子に腰を下ろして、背もたれに盛大に体重をかけながら店内を見回す。
 
 所々弾痕が目立つ殺風景なコンクリ―ト製の壁に、棚に立てかけられた大量の銃器を照らす蛍光灯は幾つかこと切れていた。
 
 昔と変わらない光景に、何処か懐かしい感覚を感じつつも、早くこの町から離れたい。その為なら、親の仇にすら商売相手している自分言う存在に強く嫌悪感を覚えながら、だらーん、と椅子に背を預け見渡す店内には一面に並ぶ大量の銃器。私には鉄屑程の価値もない代物だけど、この町の連中にはそうではないらしい。


 四年前のあの日に父が死んでから少しして、母が数カ月ぶりに家に帰って来た。
 暫く会えなかった母との再会。だが、母は以前の面影は薄く、やせ細った身体で腕には数えきれない駐車の痕。
 そして母……、いや。母だった女は、家を物色して金目の物を漁った挙句「娼館で働いてこい」と、私に言い放った。
ほんの数カ月で豹変してしまった母。私はただただ悲しくて、辛くて、家から飛び出し、父の店で泣いた。火薬とグリスの臭いが混じり合った銃に囲まれた店で、年甲斐もなく、生まれたての赤子の様に。

そんな私だが、銃が大好きで堪らない連中よりも銃について詳しかった。
 
だから私は、父に仕込まれた拙い知識と技術で店を継ぐと決めた。禄でもない町から出るための資金を得るために。
当時の私はまともに銃の手入れすら出来なく、ガンスミスとしては未熟者だ。
だが、父の取引先の業者や常連だった客が「世話になった店主と娘だから」と、父への恩義で支えてくれたお陰で何とか形にすることが出来た。

 腐り切った大人達が作った、腐り果てたこの町。ろくでなしが集まる掃き溜めなんて呼ばれているこの町を昔「神が作りし便所」なんて表現したユーモアある流れ者がいたと、酒場の店主から聞いたことがある。 
 まぁ、言った本人は翌日に穴だらけになって発見されたって話だけども。
 
 こんな町でも、私みたいな子供に対しては哀れみなんて感情を持つ人間が一定数いた事を、今の私は幸運に思うしかない。
 
 運が良かった。そう思う以外、私に出来ることはない。
 無い物をねだった所でそれが手に入る訳でもなく、神に祈った所で救われるわけでもない。
 
なら、自分に出来る事をするだけだ、と。いつもの様に自分を奮い立たせていると、ガチャリと、ドアの開く音が聞こえて椅子から立ち上がり、精一杯の笑顔で出迎える。

「いらっしゃいませー!」

 そう、例えるなら無機質な、植木鉢に飾られた造花の様に。 


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