孤独な狸
三題噺、二人称。狸・お一人様・雪
とある休日の朝。貴方は目が覚めると体に違和感を覚えました。
どう見ても体毛で覆われた両手らしき両足。それに加えて、今までに経験したことない感触に混乱しつつ貴方はそれを動かしました。
もふ、と。その瞬間に体に触れる柔らかな感触。貴方は混乱しつつ違和感の方へ首を動かすと、そこにあるのは尻尾。ふわふわと柔らかな毛に包まれた尻尾がありました。
一瞬思考が停止したことで平常心を取り戻した貴方は、四足歩行で部屋にある姿見へと向かいました。それはもう、幾度となく地べたを這いつくばった事があるような、元人間とは到底思えない程に手慣れた動きで。
そして、貴方の目に映るのは丸っこい体に丸っこい顔。そして、そこに生えるまるでタクアンの様な耳と、垂れ下がるもふもふの尻尾。
それは、見紛う事なき狸でした。
混乱を通り越して、もはや他人事の様に眼前の出来事を俯瞰する貴方は、誰かに助けてもらおうと冷静に考え自身のスマホの元へ向かいました。
しかし、起動こそ出来ても狸の足では上手く操作できず、スマホのロックを解けません。それに、貴方はロックの解除に夢中になり忘れていました。今、貴方は唯の狸です。
狸が言葉を話せるわけがないのだ、と。貴方は絶望しますが、何言う事でしょう。スマホにはチャットという機能があるのです。文明とは何と素晴らしいのでしょうか!
そして、ようやくロックを解除した貴方は、友人に連絡を取るべく奮闘します。
ですが、貴方は失念していました。
いえ、忘れたかったというべき出でしょうか?
純然たるクリぼっちである貴方に、友人などという高尚な物は存在しないのです。
助けに来る友人も、心配してくれる恋人すらいない。ましてや家族からも絶縁された貴方は、まさにぼっちという訳です。
しかし、ぼっち故に、貴方には失うものなど端から無いのです。
ならば、いっその事動物としてやり直した方が、まだ幸せになれる可能性が微粒子レベルで存在するかもしれないと考えた貴方は、人間に戻ることをその瞬間に諦めました。
そして家から逃走し、逃げだしたペット等しく市街地をさまよう貴方いい匂いにつられてゴミ箱を漁りだしました。
何の躊躇もない辺り、最早人間としての尊厳等無いのでしょう。
そして見つけた一片のチョコレートを、貴方は口に含み、そして吐き出しました。
ぼっちであっても無知ではない貴方は知っていたのです。チョコレートに含まれるカカオが、動物にとって毒だという事を。
間一髪で死を免れた貴方ですが、しかし、空腹である以上は何かを食べなくてはなりません。眼前の毒物以外に、何かを探そうと思考した貴方は町はずれにある山へと向かいました。
ひらひらと降り注ぐ雪が地面に落ち、溶けてゆくのを眺める貴方は自身が今、全裸であることを思い出します。
唐突に恥ずかしくなった貴方は、周囲をキョロキョロと見まわします。ですが、動物はそもそも服を着ないか、と貴方は一人で納得し再び足を動かします。
そして、山に着いた貴方は地面に落ちたドングリを食べました。
口の中でゴリゴリと砕ける触感、そして広がる渋みはもはや文明人の食べ物とは思えない程に不味いものでした。
まぁ、貴方は狸なのでお似合いではあるのですが、元人間である貴方は舌が肥えた狸なのでしょう。まったく贅沢な狸ですね!
空腹に喘ぎながら途方に暮れていると、貴方はふと山中にも関わらず狸好みの良い臭いを嗅ぎつけました。
そして全力で臭いの元へ向かった貴方はガシャンという音で我に返りました。
おめでとうございます。貴方は、見事に罠にかかったのです。
これで貴方は毛皮を剥がれ、狸鍋になることが確定しました。
どうぞ、貴方の残り少ない人生を楽しんでください。