混ぜるな危険
「伏せろっ!」
いつもの様に現実から目を背ける俺は、塹壕の片隅で頭を抱えて戦友と仲良く縮こまっていた。
フィッシュ&チップス共の脂ぎった曳火砲撃に曝され続けて早二時間。
空中で炸裂したソレからまき散らされる鋭い衣に怯え、そろそろ胃袋の限界だと嘆く俺たちドイツ軍だが、奴らときたら今日は一段とサービス精神に磨きがかかっているらしい。
ラストオーダーはとうの昔に過ぎているのというのに、まったく勘弁願いたい所だが奴らは脳味噌と味覚がおかしいのだから仕方がない。
パイ生地にイワシを突き刺し、頭を上部から出してスターゲイジー(星を見上げる)なんて名付ける連中だ。理解しようとすること自体が、そもそもの間違いに違いない。
「大丈夫か!?」
そんな紛う事なき地獄で共に縮こまる戦友に生存確認を行うが、返事がないと振り返れば、そこには在るのはのっぺらぼうだけだった。
妖怪はお呼びじゃねぇ。成仏しやがれ。
そんなこんなで、どの程度時間がたったのだろう。
少なくともジョンブル式の洗礼が飛んできたのは昼飯時だった筈だが……。空は茜色を通し越して薄暗い。
まぁ、そんな事はさて置くとして。夜になったという事は、飯を食わなければならない。
まぁ、食事は戦場で唯一の娯楽と言っても過言ではないのだ。
しかし、今朝にパンの破片が口に突き刺さったばっかりな故に、ひどく憂鬱と言わざるを得ないのが残念だが……。
そして、聞こえてくるのは安定して「不味い」の一言。
まぁ、不味いだけであれば良い方だと思いつつ、今度は刺さってくれるなよとの祈りを込めて受け取ったパンの包装を剥がし、中から出てきた四角い粉の塊を取り出して口に入れようとしたまさにその瞬間。
「なんだこれっ、すっぺぇぞ」
一人の兵士が声高々に叫んだのが聞こえた。
「当たりじゃねぇかよ。味があるだけましだろ?」
ケラケラと笑う周囲と勢い良く齧り付く当選者をしり目に、元々無いに等しい食欲がさらに失せて逝くのを感じる。
元兵站担当の俺は知っているのだ。その酸味は劣悪な輸送網で運ばれた芋の腐敗から生じたものだと。
つまり、食えば死。
だが、食わねば餓死一択。それに比べれば砲弾に吹き飛ばされた方が幾分かマシな方だ。
ああ、帰りたい。
焼き立てのソーセージと蒸した芋をお供にビールを一気に流し込みたい、と。
空虚に薄汚れた天井を仰ぎつつ仕方なしと口に運んだソレは、到底パンと形容できる代物ではない。
例えるなら、香ばしい石をかじっているのと大差ないのだろう。
それに加えて、一定の確率で毒入りと来た日には諦めるしかない。
甘んじて受け入れよう。
ハイルファッキンヒトラー総統様に与えられし運命を受け入れる以外に道はないのだ。
そして咀嚼し感じるのは確かな酸味。
ああ終わった、と思ったのも束の間だった。明らかに食べ物ではない食感があるのだ。
ソレは繊維質で、奥歯で噛んでも崩れない程の強靭さを持ち合わせているのだから質が悪い。
どう足掻いても違和感の塊であるソレを吐き出し観察すると、どう見てもそれは木片だ。
いや、正しくはおがくずと言うべきか?
とうとうパンに芋だけでは無く、木材まで使いだすとは……。狂っていると形容するほかに、俺は適切な言葉を知らない。
こんなもん混ぜるなよ、危ないだろうが。という内心はさて置き。
まぁ、シナモンなんてものがあるのだから、一応は食べられるのだろう……か? しかし、入っている以上、食べる以外の選択肢はないのだ。
そう、上層部を信じて突っ走るしかない。
だが、その結果は翌日に元気よく現れた。
どう見ても食あたりだ。
医療テントのベッドで腹を抑える姿はまさしく惨め。幸いな事に、昨日の当選者が先に悶えているのが目に入ったので幾分か気は紛れたが、それにしても……。
いや、確かに帰りたいとは言った。毎日の様に思っていた。
しかし、食あたりによる傷痍退役とは……、恥にも程がある。
上官にすら苦笑いされる始末だ。
だが、家に帰れるのだから悪くはない……、のか?
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