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生活を楽しむ才能

これまで私の記事を読まれたことがある方がいらっしゃったらお気づきかと思うが、私はネガティブ人間だと思う。 そんな私がYouTubeを見て癒されたいときは、OKUDAIRABASEさんや未来さんなどの生活系?YouTuberさんを選んでいる。 丁寧な生活を送っていて、何気ない日常でも一人で工夫して楽しんでいる様子を見てほっとしたいのだ。もちろん自分にはこんな風に生活を楽しむ才能がないので参考にはならないのだが、一種のファンタジーとして楽しんでいる。 30年あまり生きていて

    • 年々他人に興味を持てなくなる問題

      友人はもともと少ない方だが、昔から付き合いがある親友に対しても、自己開示しなくなってきた。 凝り固まった価値観の中にいるのがしんどくて、二人で狭い世界を見続けるのに急に耐えられなくなったのだ。 相手に興味もなくなれば、こちらの情報も開示したくなくなる。そうやって、人間関係は疎遠になっていくものなのかもしれない。 また、友人からの悩みに全力で寄り添ったところで、結局心配していたのはなんだったのかと思うほど、次に会ったときに様子を聞くとあっけらかんとして「へ?何のこと?」と言

      • 結婚式に呼ばないでくれ

        こうゆうことは結婚式に招待してくれた本人に対しては、口が裂けても言えない。 「招待ありがとう(^▽^)/晴れ姿を楽しみにしています!」 そう送るしかないのだ。 友人に対して、もちろんおめでたいという気持ちはある。 幸せになってほしい。 これは本心だ。 だが、結婚式というものが苦手なのだ。 ムービー要らない。 豪華なコースはどうせゆっくり味わって食べれないから要らない。 余興もたいして面白くない。 親への手紙、確かに感動するがわざわざ知らない人の前で読み上げる必要はない。感

        • 承認欲求VS五感

          大自然の中、空気がおいしくて、景色がきれいで、深呼吸。 五感でたっぷり楽しみつくしてその日を終えるのはとても幸せなことだと思う。 自分が幸せに感じるなら、それでいいではないか。 五感を味わっている途中、もしくは味わいつくした後に、インスタにアップ。ここで自分は敗者となる。 猛スピードで追いかけてくる承認欲求に勝てなかったのだ。 いつの間にか、五感を追い越して承認欲求が暴れだしている。 せっかく大自然を味わって浄化されたはずなのに、承認欲求がもっとその素晴らしさを共有したい

        生活を楽しむ才能

          歯列矯正の思い出

          コンプレックスをいとも簡単にさらけ出せる人がいるのが羨ましい。 歯並びが気になるから矯正、眼鏡生活からのコンタクトデビュー、シミそばかすをレーザーで消す… など今までコンプレックスを解消したくて励んできたが、中でも苦い思い出が歯列矯正だ。 昔からビフォーアフターのアフターしか見せたくなかった私は、真っ先に裏側矯正を選んだ。 学生時代、インビザラインなどの存在はなく、裏側矯正が最先端でむしろその技術に感謝していた。 しかし、始まってすぐ私の場合は、抜歯を勧められた。 全体的

          歯列矯正の思い出

          情報を減らすこと

          おはようございます。インスタから徐々にフェードアウトできている私が改めて気づいたこと。それは、今まで情報を過剰摂取していたということ。 まるでそんなに食べたかったわけでもないジャンクフードをお腹いっぱいになるまで食べたけど、味わうこともせずに満足感は得られなかったあの感覚に似ている。 もちろんインスタを見ることで、お得な情報、新作、プチプラのおすすめなど、正直生活に役立つ知恵も多くいただいてきた。 しかし、インスタを開けば購買意欲が増し、ユニクロ、GU行ったらこの服買おうと

          情報を減らすこと

          ズボラなのに未読を溜めることができない。

          自他共に認める超絶ズボラな私だが、昔からLINEの通知が来たら即レスしてしまう癖がある。 もちろんこれは一般的には当たり前?もしくは良いとされている風潮があるが、このギャップが非常に自分の人生を生きづらくしている感がある。 ズボラな人にはズボラな友人がいるものだが(類は友を呼ぶ)、彼女たちは基本返信が遅い。数日後、忘れたころに返ってくるか、一生返ってこない。 ふと友人のスマホのLINEアイコンの角にある、警告するかのような赤く表示された251という数字を見た。 え…気持ち

          ズボラなのに未読を溜めることができない。

          家族に対してのモヤモヤ

          よく親とは合わないとか、兄弟と喧嘩する、など家族に対してのストレスは誰もが大なり小なり持つことはあると思うが、叔母や叔父、義兄、義姉、姪っ子甥っ子に対してはどうだろう。 どういう距離感でどこまで踏み込むのが正解なのか、家族だから同じ温度感でいいのか、どの教科書でも教えてはくれなかった。 別にそこまで深く考えていなかったのだが、ふと正月やお盆、実家帰省などでこれらの親戚に会った後の何とも言えないモヤモヤは何なのだろうと考えた。 きっとそれは、気を遣って言いたいことを素直に

          家族に対してのモヤモヤ

          生きるのが下手すぎる

          約30年も生きていれば分かる。 自分は生きるのが下手だ。 昔、要領よく生きていると勘違いしていた自分を殴りたい。 だからだろうか。 要領の良い人間とは絶対に友達になれない。仲が良くなる人、また会いたくなる人は決まって、要領が悪くて、良く言えば人間味あふれていて、他人の変化に鈍感なタイプだ。あえて選んでいるわけではないが、空気感が似ているのと一緒にいて安心するからだろう。 ふと学生時代、新卒時代を振りかえって不思議に思うことがある。 確かにすごく仲良い友人や同期ができるのだ

          生きるのが下手すぎる

          ときめきとコスパの関係性

          人それぞれ大事にしている価値観は違うが、自分が人生で何を一番大事にしているかなんて、案外分からなかったりする。 アラサーになり、うすうす気づいていた自分が大事にしたい価値観、それはときめきであった。 ふりかえれば、中学時代からときめきを糧にして、日々の活力を得ていたのだ。みんなそれが普通だと思っていたし、価値観というほどでもないと思っていた。 ときめきとは、好きになったクラスメイトや芸能人などの人だけでなく、オーガニックコスメ(パッケージ、香り、コンセプト)など含めて対象

          ときめきとコスパの関係性

          インスタへのモヤモヤとは何か

          どうしてもこの長年の何とも言えない疲れは何なのか。 仕事とか、年齢とか、体力とか、食生活、人間関係、、 いや、SNS疲れです。 いや、今やっていることもSNSよ?というツッコミはスルーします。 特にインスタのキラキラしたストーリーや投稿を見ているとなんかモヤモヤする…という声が世間的には多数派だと思うが、ここ数年の私の感情は、むしろ、私生活を見られている気持ち悪さだった。 初期のインスタでは、投稿にいいね!やコメントくらいだったが、ここ数年でストーリーなる機能がつき、24

          インスタへのモヤモヤとは何か