【小説】運命のストーカー
それは、偶然と呼ぶにはあまりに奇妙な一致だった。彼女の名前は佐々木香織、29歳の独身女性。大手広告代理店に勤める彼女は、日々の忙しさに追われながらも、どこかで運命の出会いを夢見ていた。
香織が彼と初めて出会ったのは、ある雨の日のことだった。遅くまで仕事をしていた彼女は、いつものように疲れ果てて帰宅した。
その日は傘を持っておらず、ずぶ濡れになりながらマンションのエントランスにたどり着いた。ドアの前で鍵を探していると、突然背後から声をかけられた。
「お困りですか?」
振り返ると、そこには見知らぬ男性が立っていた。30代前半くらいの爽やかな笑顔を浮かべたその男性は、ずぶ濡れの私を見てタオルを渡してきた。
「どうぞ、これを使ってください」
優しく微笑む彼に、香織は一瞬戸惑ったが、礼儀正しく「ありがとうございます」と答えた。
彼の名前は中村隆之、彼も同じマンションに住んでいると言う。それから数日後、また偶然にエントランスで会うことになった。
「こんなに頻繁に会うなんて、運命かもしれませんね」
「そうですね、こんなことってあるんですね」
香織は思わず笑ってしまった。運命なのかもしれないと思った。その後も何度か偶然が重なり、香織と隆之はエントランスやエレベーターで顔を合わせるようになった。
彼はいつもタイミングよく現れ、香織の疲れた心を癒してくれた。仕事で疲れて帰ってきたときや、週末の買い物から戻ってきたとき、彼はまるで香織の行動パターンを知っているかのように現れた。
「また会いましたね。これは本当に運命かもしれませんね」
「え?」
香織は運命というその言葉に引かれていった。運命という言葉に弱い香織は、次第に彼に心を開き始めた。
だが、次第に隆之の存在が香織にとって不安の種となり始めた。ある日、彼女が会社で同僚と話していると、隆之がその場に現れたのだ。
「どうしてここに?」
「たまたま近くに用事があって」
「そ、そうなんですか」
「それじゃ僕はこれで」
そう言い彼は去っていく。
「ちょっとあの人香織の知り合い? カッコいいんだけどー」
「あはは、まあね」
同僚に笑顔で答えた。しかし、その偶然があまりに重なりすぎていることに香織は気づき始めていた。
その夜、香織はベッドに横たわりながら、これまでの出来事を振り返っていた。彼の登場があまりにタイミング良すぎることに不安を感じたが、同時に彼の優しさに惹かれている自分もいた。
運命という言葉が、彼女の心を掴んで離さなかった。
香織は自分の不安を解消するため、隆之について調べ始めた。
「え、なにこれ…」
SNSやネット上での情報を集めるうちに、彼の行動が異常であることが次第に明らかになった。彼は香織のSNSアカウントを細かくチェックし、彼女の行動パターンを把握していたのだ。
さらに、彼女の友人関係や仕事のスケジュールまで知っていることが判明した。ある日、香織はついに決定的な証拠を見つけた。
彼の部屋を偶然覗くことができたとき、彼の部屋の壁には香織の写真やスケジュールが貼られていた。
それはまるで犯罪捜査のような異常な光景だった。香織は恐怖に駆られ、すぐに警察に通報した。
警察はすぐに動き、隆之の身辺を調査した。彼は香織を執拗に追い回し、その行動は明らかにストーカー行為に該当した。
彼が香織に近づいたのは偶然ではなく、すべて計画的なものだったのだ。香織はその事実に愕然とし、同時に自分の無防備さを悔いた。
警察の介入により、隆之は逮捕された。彼の部屋からは香織に関する膨大な量の情報が押収された。それらはすべて、彼が香織を手に入れるために綿密に計画し、実行していた証拠だった。
隆之が逮捕された後、香織はしばらくの間、恐怖と不安に苛まれた。しかし、彼女は自分を守るために行動したことを誇りに思った。
そして、これからはもっと自分の安全に気を配り、慎重に行動することを心に誓った。運命という言葉に囚われた香織だったが、その言葉が時には危険を孕むことを学んだ。
彼女は再び前を向き、新たな日常を取り戻していった。運命を信じる心は残っていたが、今度はそれが現実に基づいたものであることを願って。