古民家カフェ「とらねこ」
しとしとと降り続く秋雨の夜。
なぜか立ち寄りたくなる古民家カフェがあった。
小さなランプ付きのカフェボードに魅かれ、訪問することになる。
カフェバーとらねこ。
黒ネコのシルエットに白字でメニューが書かれている。
こ、これは...。
何かの縁を感じ、思わず店内に赴く。
白髪がよく似合うマスターが一人。
バックバーには、ワインや日本酒、ウイスキーに焼酎、リキュールが所狭しと並んでいる。
どうぞこちらへ。
物静かなマスターが、成熟した声でカウンター席を案内する。
荷物を下ろし、席に着くと、黙ってメニューを差し出してくれた。
チーズの盛り合わせとロゼのグラスを注文して、店内を見渡す。
落着いたヨーロッパ調のステンドグラス照明。
壁には最後の晩餐。
電話機にテレビ、ミシンにレンジなど、昭和懐かしの電化製品も展示されている。
思わず立ち上がり、美術館を徘徊する気分になる。
そういえば、子どもの頃のテレビってダイヤル式だったよな。
ガチャガチャ回して、チャンネルを変えるやつ。
懐かしい…。
ちょっとだけ...。
わたしの中の悪魔が、興味に打ち勝てずにいる。
しまった...。ガチャガチャ回してたらつまみがとれちゃった...。
これマスターのですか?
白髭をさすりながら、黙って頷く。
興味がおありですか?
落着いたようすで語りかける。
昔の電化製品って、愛嬌があって可愛いですよね。
ちょっと、つまみを壊しちゃったみたいで...。
趣味が合いますね。
気にしないでいいですよ。もう古いですから。
ホット胸を撫で下ろし席に着くと、グラスを持ち上げロゼの色を楽しんだ。
淡いピンクに、グラスの底から僅かに気泡が立ち上がる。
ステンドガラスの乱反射が引き立てる。
少し口に含み、ほのかなベリー系の甘みの余韻に浸る。
この店の名前なんですが、どうして「とらねこ」なんですか?
物静かなマスターが重い口を開く。
妻に先立てれてしまいましてね。
わたしも妻の後を追おうと思っていたんです。
そんなときに、一匹のねこがわたしの側に来ましてね。
慰めてくれたんです。
その時のねこが「とらねこ」だったんですよ。
店にねこの名前つけるなんて、バカバカしいですよね。
悲しげに曇る。
思い出を名づけにするなんて、素敵だと思いますよ。
奥さんどんな方だったんですか…?
しばらくマスターと話し、店を後にした。
数年後―――。
中秋の名月が眩い夜。
旅のついでに、再び「とらねこ」を訪れた。
この辺りだと思ったんだけど...。
店がない。
あったはずの店がない…。
目の前にあるのは、寂れた古民家。
埃まみれの店舗の中には、カウンターと椅子が数脚。
古い電化製品が散らばる。
カフェボードには、…ら…こ…。
かすかに看板だったことが分かる。
ここのご主人、数か月前に亡くなったんですよ。
近所に住む主婦だろうか、残念そうに語り始める。
落着いた雰囲気が好きだったから、ちょくちょく通ってたんだよね。
奥さん亡くされたのを機に、気分転換のつもりで始めたらしいんだけど、いつも仏壇の前で泣いてたらしいんだよね。
奥さんと仲良かったからね。
よほどショックだったんだろうね。
キリストの光が雑踏とした古民家を照らし出す。
剝がれかけた最後の晩餐がこちらを見ているようだ。
古民家に住み着く数匹のとらねこを横目に、その場を去った。
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レオンさん
南方郵便機のカフェ講座さん
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