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17「MとRの物語」第一章 13節 白い魔女


ついにRちゃんが、自力で小説を書いていきます。
どんなものになるのか……。楽しみなような、恐ろしいような。

(目次はこちら)

「MとRの物語」第一章 13節 白い魔女

 すべての授業が終わって、私は、自転車に乗って帰宅した。暑い……。マンションのドアを開けると、恐ろしいほどの熱気が、私に牙をむいた。平静を装い、中に入って扉をしめ、鍵をかける。靴を脱いで、大股に台所を横切り、壁のリモコンをとってエアコンをオンにした。

 ぴっ

 排気口の下で、直接冷気を浴びる。母がいたら叱られるけど、今は構ってはいられない。このままでは死んでしまう。急務だ。おやつのアイスも急務だ。台所に向かって冷蔵庫を開けた。そこにアイスはなかった。冷蔵庫の中に閉じこもりたい気持ちを抑え、一回扉をしめ、コップを軽くすすいでまた扉をあけ、床に膝をついてコップに麦茶を注ぐ。これも母に見られたら叱られそうな姿だ。だが、それがいい。私は喉を鳴らして麦茶を飲みほした。軽く眩暈がした。

「さて、と……」

レンジの上の、ノートPCを食卓に乗せ、電源ケーブルをつないでスイッチを入れた。自分用のIDとパスワードを入力して、ログインした。身体から何かがするっと抜け出す気配。Mさんだった。今日は襟のある白いTシャツに、ベージュのチノパンを身に付けていた。

「あれ? 今日は軍服じゃないんだね」

「ああ。TPOに合わせて衣装も変える。男のたしなみだな」

「まあ、それは女もだけどね」

 軍服には、何かこだわりがあって、その姿のまま、お化けになっちゃったのかと思っていたんだけど、そうじゃなかったみたい。でもそれ以前に、お化けってこんな明るい部屋でも、出てこれるんだね。それにしても、Mさんすごい筋肉。あ、こういう思考も、Mさんに聴こえちゃってるんだね。恥しくなった私は、あわててノートPCに目を落とした。

 男の身体に興味を引かれるのは、悪いことではない。
 だが彼氏の一人くらい作るのが、自然だな。

 彼氏なんていらないよ、面倒くさい。
 Mさんがいればいいよ。

 まあ、そう言ってもらえるのは正直うれしいけどね。

私は左手で麦茶の飲みながら、右手で、Mさんの集中するときのサインを作り、Mさんに向けた。Mさんは少し、困った顔をしたけど、同じサインを右手で作って、私の手に近づけた。人差し指と人差し指が触れたとき、私の全身に、快感が走った。私は目を閉じて、その快感に浸った。

 これはあんまり、いいものじゃないな。
 麻薬みたいなものだ。そのうち中毒になり、身を滅ぼすかもしれない。
 (こんな感覚はあの世にもない。何かおかしい)

Mさんは右手をゆっくりと離した。快感もゆっくりと、消えていく。

 そうなの?
 こんなに気持ちいいなら、私は身を滅ぼしても、構わないけど。

 いや、駄目だ。今は小説に集中だ。
 その後なら少しは……。

 うん、わかった。

私は右手をPCの上に移動して、息を深く吸った。その途端、周囲の景色が変わり始めた。

 ほんとすごいね、これ。
 綺麗……。

 うん、それが本当の、この世の姿だ。
 神でさえも心ひかれ憧れる美の世界だ。彼女が俺に望むものだ。

 え? 彼女?

 ああ、神は男性でもあり女性でもあるが、どちらかというと女性だな。
 何億年、何十億年、何百億年と生き続けてきた魔女のような存在。
 それが神だ。

 魔女……。神様が魔女……。ちょっとロマンチックね。

 そうでもないさ。老獪な、枯れた哀れな女だ。

 私みたいな?

Mさんが驚いて、私を見つめた。その目はまんまるに見開いている。

 ん? 私、何か変なこと言った?

 いや……。

Mさんは、私から視線をそらして、窓の外を見つめた。その様子が、少し気にはなったけど、私は小説に、集中することにした。

右手の人差し指を上に向けて、じっと見つめる。ぽろぽろと、銀色の光の球がこぼれてゆっくりと落ちてゆく。その球の間に、ちらっと、女性の顔が見えた。きりっとした顔の美人で、冷淡に人を見下す感じの眼。もしかしてこれが魔女? だとしたら、この人は枯れてなんていない。特にこの赤い唇。女の私が見ても、ゾクゾクする。まるでカッターナイフの鋭い刃に指をあて、ゆっくりと前後に動かすような感覚。そうだ、この感じを小説にしてみよう。

 私は心に感じる、カッターナイフの違和感を味わいながら、ゆっくりと両手をキーボードの上に置いた。私はキーを叩いた。

『46億年という、長い長い時を、私はひとりで生きてきた。私自身の、深くせつない溜息と冷たい視線だけが、その世界を満たす、全てだった。私は暗い部屋に閉じ込められた、一匹の白い子猫だった。』

<つづく>

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