04「MとRの物語」第一章3節 追手
「それで……、再生した俺はどうなったんだい?」
にやにやしながら、俺は神に尋ねた。俺はすでに答えを知っていたのだ。
「ちょっとした事故がありました。彼の意識は、ある女の子の肉体に入り込んでしまいました」
「ほう……、その女の子はどうなったんだ?」
「わかりません。今ちょうど、様子を見ている所です」
「わからないだって? 時間さえ超越できるはずのお前がか?」
「ええ……」
神はくすっと笑った。俺は理解した。彼女は楽しんでいるのだ。その状況を。
「見えてしまった未来ほど、つまらないものはありませんね」
「その通りだ。だが俺にはその未来はもう見えている」
「だからこそあなたにお願いするのですよ、と言っても……」
神は俺に指向させていた意識を全天に分散させて言った。
「ここにいるどの魂にも、その未来はすでに見えているのでしょうけれど」
「そうだ。そしてお前はそれを知ることを拒否している、ということだな」
「ええ」
「で、俺にどうしろと? まあ、お前の望みはわかっているけどね」
俺の周囲の光が強い力を帯びて引き絞られ始めた。ここまでは定められた通りの展開。未来も恐らく、そうなるのだろう。彼女は俺を現実世界に送り、Mと、少女を抹殺させようとしている。俺は少しだけ手間取るが、それを2、3日のうちに実行し、ここに戻ってくる。神は俺がその未来に逆らうことを、少しだけ期待しているが、俺はその期待を裏切るのだ。世はすべて、事もなし、だ。くだらない永遠の命。そう、魂は気まぐれなものだ。だからこそ、神も、俺たちも退屈せずに生きていられる。変化を望みさえすれば、未来だって変えられるし、逆に何も考えず、最も安定した未来に身をまかせることも可能なのだ。
全身をねじ上げられ、苦痛に耐えている俺に、神は言った。
「再生するにあたって、あなたには、どのような制約を設けましょうか」
「いや、制約などいらない。俺は俺に託された未来に全力を尽くし、しかもお前を飽きさせない。いままでそうしてきたし、これからもそうだ。わかってるだろう?」
「そのような、無難な未来にはもうあきあきなのですよ。決めました。あなたには、さきほど再生させたMとは逆に、復讐心だけを記憶として残しましょう。それ以外の記憶は、すべて消去します」
「いや、ちょっと待て。それだと俺は、恐らく任務を果たせないぞ?」
「そうなのですね。それでいいのですよ。あなたにも一緒に、楽しんでいただきましょう」
俺の身体が射出された。全身に感じる痛み……、まあ、いつものことだ。しかし神は何を企んでいるんだ。現実世界を崩壊させたいのか? いや、Mと少女の抹殺に失敗した場合、現実世界がどうなるかはこれから確定するはずだ。「意識の海」にアクセスすれば、その未来は見えるだろうか。海に向かってそっと手をさしのべた俺の右手が、ふっとんだ。
「ぐああああ!!」なんだ? 何が起こった? 狼狽する俺に、神は言った。
「もう一つ、ルールを決めておきましょう。あなたは現実世界からも、意識の海にアクセスして、情報を得ることが出来る。ただし、それに見合う損傷を、あなたの精神は、うけることになります。今ふきとんだ右手は、あなたの精神の損傷の、メタファーです。損傷に耐えられなくなった時点で、ゲームオーバー。限られたチャンスを、大切に使うのですよ?」
まあ、楽しくなくもない。いいルールだ。俺はにやりと笑いながら、意識の海から得られた情報を吟味した。思った通り、未来はどうやら変化したようだ。そして今後も、どんどんその未来は変わり続ける、だと? 神の仕業か、何のために。いや、それは愚問か。神は俺とのゲームを楽しんでいる。それは今後も永遠に、変わらないだろう。
その後しばらく痛みにあえいだ俺は、光の空間を抜けて闇を落下し続けた。やがて見えてきたのは、一人の少年の姿。線は細く、女のように白い肌、その唇は血のように真っ赤で、眼には冷たい狂気を帯びている。神が用意した、俺の新しい入れ物だな。さて、その精神をどうやって支配してやろうか。俺がそうほくそ笑んだとき、少年の眼が俺を見据えた。
「何?!」
少年は俺を認識したのだろうか、俺を見て黒い笑みを浮かべた。なぜ俺の姿が見えるのだ。あいつは何者だ。神は奴に、何をした? 俺は数百年ぶりに、軽い恐怖を感じていた。