16「MとRの物語」第一章 12節 予鈴
前話にでてきた小説のタイトル「リバティー」は、Rちゃんの学校の近くにある喫茶店の名前です。今回書く予定だったけど書き切れなかった、どうでもいい設定でした。「喫茶リバティー」は、そのうち別の場面で登場させるかも?
(目次はこちら)
「MとRの物語」第一章 12節 予鈴
自分用にも1部印刷して、私はその小説、「リバティー・リーブス」を眺めた。Mさんは、これを簡単に書けるなんて言ったけど、そんなこと言えるのは、天才と言われた、Mさんだからではないのかと、私は思った。でも反面、これだけ短い小説なら書けるかも、とか、現実じゃない世界のお話なら簡単そう、とか、そういう気持ちも膨らんできたのも、確かだ。
そのとき、お昼休み終了5分前の、予鈴が鳴った。
私はPCの周りを片付けて、電源を切り、借用終了の手続きを済ませて、教室に歩き始めた。そこでMさんが言った。
色々思う所はあると思うが、結論はこうだ。
「やってみなければ、わからない」
うん……。
でも一つだけ言えることがある。
それはお前が今日初めて、小説というものを完成させたということだ。
俺が手伝ったかどうかとか、そもそも、俺という存在が現実かどうかとか、
細かい事は置いておけば、それが事実だ。
あ、そうだね、私が急に、小説を書けるようになったっていうことで、
Mさんの存在を証明できる、かも?
それ単体での証明は無理だが、状況証拠のひとつにはなると思う。
ただまあ、そういう証明が必要になる場面がくるかどうかだが。
うん。でもその時のために、これは大切に置いとかなきゃ。
私は印刷した紙を、胸にぎゅっと押し当てた。教室が近づいてくる。考えてみたら、自席以外の場所で、昼休み終了5分前の予鈴を聞いたのって、いつ以来だろう。もしかしたら、入学してこれまで、一度もなかったかもしれない。私はいまさらながら、私自身が送ってきた退屈な学校生活を思い返してぞっとした。Mさんと出会わなければ、卒業するまで、いや、もしかしたら一生、そういう生活のままだったかもしれない。人生ってちょっとしたきっかけで、変わるものなのかもしれない。
そう、あたかも役目を終えた枯葉が、自由を求めて風に運ばれるように。
うん……。あ、そういえばMさん、私に質問をしながら、
もう枯葉の小説を書き始めてたんだよね?
なぜ主人公を枯葉にしたの?
ああ、枯葉は最初にお前の記憶に触れたときに、感じたイメージだ。
子供らしくない、乾いた秋のイメージ。
そこにどうにかして、光を当てたいと思っていた。
それがもしかしたら、俺の生まれ変わった理由かもしれない、とね。
あとはまあ、俺の質問に対するお前の答えは、予想はできていたから、
どういう答えであっても対応できるような設定を用意してから、
書き始めた。
あとは……、現実のお前のストーリーを暗示させた小説だと、
感じさせない程度にぼかす必要があった。
何に例えればうまくぼかせるかと少し考えて、
枯葉なら問題ないだろうと思った。
そこまで考えてから、書き始めたんだ。
Mさんの説明を聞きながら、教室に戻り自席に座った。小説を、ぼろぼろのカバンに大切にしまった。
ふうん……、いろいろ考えてたんだ。
あんな短い時間に。
やっぱり私には、難しいかもだよ。
まあ、さっきはたまたまうまくいったが、
書いてる途中、辻褄が合わなくなることも、たぶんあるだろう。
でもそれが原因で死んでしまうこともない。怖がる必要はないよ。
むしろ怖いのは、退屈による死だ。それが最大の恐怖だ。俺にとっては。
R、それだけは覚えていて欲しい。いいね?
うん……。
初めてMさんが、私の名前を呼んでくれた。うれしかった。Mさん、午後の授業もがんばるよ、退屈で眠くなるかもだけどね。私は机の上に教科書をおき、両手を当てて、目を閉じた。授業開始の合図が鳴った。