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SF小説・インテグラル(再公開)・第五話「リアルな、バーチャル」

第四話はこちら。

 通称X、の死体を最初に発見したのは、彼の向かい側のベッドに泊まっていた男だった。通称Xは、インテグラル世界においては、マッドサイエンティストにして偉大なるハッカー、として有名だった。
 
 カプセルを開いて床に足をおろしたその男は、目の前のベッドの中の通称Xの首が、妙な方向に曲がっていることに気づいた。男は驚いて、全力で数百メートル走ったあと、壁の赤いボタンを押すことで、帝国警察に通報した。一時間もたった頃、十数人のものものしい装備をつけた警官達が、ベッドタウンに到着した。宿泊中の大勢の労働者達は、とくに仕事のあてもなかったため、警官達の行う作業を遠巻きに見守った。労働者の誰もが無表情で、その動作に活気はなかった。どんよりとした空気の中で、警官達だけがてきぱきと動き、そしてやがて結論を出した。
  
「わかりましたよ。これは事故です。彼は寝返りをうったはずみで首の骨を折ってしまったんです」
はあ、そうですかと応えるベッドタウンの区画管理人に、捜査終了の印の押されたメタルチケットを渡し、警官達は帰っていった。その捜査は三十分とかからなかった。
 
 だが、捜査を見つめていた多くの労働者達がこう感じていた。
 
 おかしい。
 おかしい。
 何かおかしい。
 何かが……。
 でも、何が?
 
 それ以上のことを考える能力は、彼らにはなかった。彼らはいつものようにベッドの前の床に座り込み、昼食の時間を待った。なかには昨日の夜インテグラル世界で体験したことを、熱っぽく語るものもいたが、それ以外の多くの者たちは、それがただの夢の中の出来事であり、何の意味もない子供っぽい空想だということを知っていた。彼らが今、このベッドタウンで何をするでもなくただただ生かされているように、インテグラル世界でもまた、彼らはただ生かされているだけだということを、理解できずとも肌では感じ取っていた。しかし、そうとわかっていても、彼らはインテグラル・ムービーメーカーの借用をやめることが出来なかった。「インテグラルは麻薬……」、口には出さずとも、誰もがそう感じていた。オンライン接続機能付きのバージョン5がレンタル可能となってからは、彼らのインテグラルへの依存度は、急速に強まった。
 
「そこで俺がさあ、ナンパされるために噴水の前で待っているとだなあ、黒い背広を着たおやじが俺に近づいてきたわけよ。鼻の下のばしてよう。あはは。あははははは!!」
「ああ? 噴水に黒い背広? じゃあ、昨日の女はお前?」
「……。あのおやじはお前か?」
 
げえ、という声、あちこちでおこる失笑。喧騒は静寂に変わり……。彼らは刺激に満ち満ちた夢を反芻(はんすう)する。そして今夜のインテグラル世界を渇望し、期待に震える。帝国による使役のほとんどないこの季節、インテグラル世界だけが、彼らにとっての唯一の現実、いや、現実以上にリアリティを持った「リアル」だった。

(続く)


解説(ネタばれあり):

第五話では、インテグラル世界の外の、「リアル」が描かれます。タイトル絵にちらっと描かれていますが、この世界の警官達は、銀色の金属製のフード付きの制服をかぶっています。この世界では、金属が紙や布の代わりに使われています。なぜなら植物が生息できない過酷な地球となっているため、紙や布が超貴重品となっているからです。魅惑のアマガエル・インテグラルが着ている銀色のスーツも、メタル製です。

「通称X」、というのは、第四話で死亡したマッド・サイエンティストを、アバターとして使っていた人物です。「インテグラル世界」においてとてつもない才能とハッキング能力を持った科学者であった彼ですが、「リアル」においては、「無職の、本名も定かでない大勢の肉体労働者の一人」でしかなかったのでした。

ネタバレですが、第四話で「死ね」と言ったインテグラルですが、リアルで「X」が死んだのはインテグラルの能力ではなく、警察の調べ通り単なる事故でした。仮想世界では最強の存在であるインテグラルですが、現実世界では何の能力も持ってないのです。それをあえてミスリードさせるような、第四話と第五話でしたね、てへぺろ!

続きはこちら。

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