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「泥の檻・改 シーン04・リスクとスリル」
今回はしのぶと式マコトが会話する超重要なシーン、となるはずでしたが長くなりそうなので2つに分割。心理描写が多くなるとマンガやアニメ化に向かないのですが、まあしょうがないですね。心理描写は小説に欠かせない。
なお今回、事前に準備した「小プロット」を公開しようかなと思ったのですが、今後のネタバレとか不確定な設定などが含まれていて、公開断念です。
前話はこちら。
「泥の檻・改 シーン04・リスクとスリル」
しのぶは学校についた。この学校もこの街同様にとても静かだ。そう、半年の間に5人の女子高生が忽然と消えてしまっても、誰も騒ぎもせず、何の噂も立たない位にだ。
それはそれで、逆に不安を感じさせる面もある。これまで250年生きて来て、様々な理由で住みかを変えざるを得なかったが、大抵は美しい娘が次々と行方不明となったことで、村や町で噂がたち、しのぶにも疑いの眼が向けられることが多かった。
時を止める能力を持つしのぶがその気になれば、日本各地の、あるいは世界各地の少女をこっそりと、誰にも気付かれずに生贄とすることも可能だけれど、しのぶはあえてそうしなかった。しのぶは生きることに飽きてしまっていて刺激が欲しかったし、かといって儀式を様々な場所で行うことには、相応のリスクがあったからだ。
しのぶはスリルを楽しむために、近所で獲物を狩り、隠れ家まで自力で運び、それを生贄としてオリウスに捧げたが、この街ではさらに大きなリスクを犯してみた。「折目しのぶとして通う、この高校を狩場として獲物を狩る」、という大きなリスクだ。リスクが大きいければ大きいほど、リターンも大きいのだ。
教室に入ると、ざわざわとクラスメートたちが雑談していた。手提げかばんをロッカーにしまい、しのぶは着席する。そんなしのぶにクラスメートの視線が刺さる。しのぶは身体は高校二年としては異常な幼さだったが、その眼光の鋭さ、深さもまた異常だったから、いつもクラスの注目の的だった。
当然だ。しのぶの身体は、オリウスと契約した時まだ10歳であって、そこから全く老化していないのだ。しのぶは永遠の10歳だった。そして250年という長い長い年月が、彼女の眼を大きく開かせ、そして深い輝きを持たせたのだから。
頬杖をついて目を閉じ、しのぶは「はあ」、と溜息をついた。
その時、しのぶの耳元の空間が歪み、オリウスがささやいた。
「しのぶ、緊急事態だ。時間を止めるぞ」
小さくうなずくしのぶ。
緊急事態、と言いながらなぜかオリウスの口調はうれしそうだ。周囲の喧噪がぴたりとやみ、黒い霧が集まってオリウスが姿を現わした。
「しのぶよ、2年C組に向かい、式マコトが持っているスマホの画面を確認してみるのだ」
「え? なぜ?」
「式マコトは何かに気付いている、何なのかはわからないがな」
ニヤリと笑ってオリウスは霧散した。
はあ、と再び溜息をつき、しのぶは立ち上がり、二つ隣の教室2年C組に向かった。
入口から覗き込み、スマホを持っているらしいイケメン男子、式マコトを探そうとしたが、探すまでもなく、教室には式マコトしかいなかった。彼は教卓に肘をついて立ち、スマホを持ってフリーズしていた。
そして彼の前にある席は……。
「あれは桜維優科(さくらい ゆうか)の席、あたしの先月の獲物だ」
そうか、マコトは桜維優科と同じクラスだったのだ。そして今この瞬間、マコトはスマホを持ち、彼女の席の前に立っている。なるほどこれは興味深い事態だ。オリウスがうれしそうだったのもうなずける。
しのぶは式マコトの横から、スマホを覗き込もうとした。だが背が小さすぎて見えなかった。しのぶは肉体的には、今風に言うと女子小学生の高学年、成長はまだまだこれからといった所だったのだ。
しのぶはむっとしながら桜維優科の席の椅子を移動しその上に乗って、マコトが左手で持つスマホを覗いた。マコトの右手が邪魔だったので少し移動させた。
「はっ! これは!」
しのぶは驚いて口をぽかんと開け、画面を凝視した。
〇〇高校 失踪者リスト
一人目 千場さくら(せんば さくら)
二人目 日向理菜(ひなた りな)
三人目 鳥沢千夏(ちざわ ちか)
四人目 星乃玲奈(ほしの れいな)
五人目 桜維優科(さくらい ゆうか)
この半年の間に、この学校で消えた生徒の…。
しのぶは思った。このリストは一体! 誰が作ったものなのか、そしてなぜ式マコトのスマホにこれが! ふふ、面白いではないか。このリストを作った人物を探し出し、共有した人物すべても暴きだし、全員抹殺する! 少し面倒だが時間を操作できるあたしにはそれが可能だ。面白い! 人生とはこうでなければ!
と、大興奮し始めたしのぶだったが……。
「ん?」
しのぶは気付いた。スマホに表示されているアプリが、見覚えのあるメモアプリであることに。だとするとこのリストはマコトが入力したものである可能性がとても高い。そしてもう一つ、このリストの下の文章には続きがあるようだ。しのぶはスマホに手を伸ばし、スクロールさせてみた。時間は停止しているものの、しのぶが触れるものの時間の流れは、しのぶが操作可能なのだ。実に便利な能力である。
『この半年の間に、この学校で消えた生徒のリストだ。なぜだ。俺が興味を持った女生徒が、次々と消えていく。どういうことだ? 俺は疫病神なのか? それとも俺は、何らかのチート能力を持つ、ギフテッドなのか?』
「ぷ! ぷぷ! ぷぷうううううう!!(笑」
式マコトの勘違いに、思わず噴き出してしまったしのぶ。
「あははは! あははははは!(笑」
椅子から落ちそうになって慌てて床におり、お腹を抱えてひいひいと笑い続けるしのぶ。
あははは、あははは、こんなに笑ったのは久しぶり。
しばらく笑ったあと、くく、くくくっと思い出し笑いをかみしめながら、しのぶは五人目の生贄、桜維優科の机の上に座って足を組み、腕組みをして式マコトのイケメンフェイスを見つめた。
250年前、まだ幼かったしのぶは村の大人たちから死ぬよりもつらい目にあわされ、オリウスの手を借りて彼らに復讐をした。しかしそれでもしのぶの心は晴れず、ずっと男性への恐怖と、憎しみを持ち続けてきた。
しかしなぜか、マコトの顔を見ていると、男性への恐怖心が薄らいでくる。ふっ、こんな面白い男もいるんだな。
しのぶは右手こぶしに顎をのせ、首を少し傾け、ニコニコと微笑みながら、さてこの男をどうしてやろうかと、考え続けた。こんな時には、時間を止める能力がとてもありがたいと思った。
(続く)