ショートショート「眠るバナナ」
バナナは眠っている。
木製の戸棚の奥の、
少し湿った闇の中で、
誰かに食べられるときを待っている。
ふっと目ざめたバナナは、
はあ、今が一番おいしいときなのに、とため息をつく。
そしてバナナはまた眠りにつく。
誰かが戸棚を開け、
自分を優しく手にとってくれる情景を
夢に見ながら。
もしも。
バナナに手足が生えていたらどうするだろうね。
闇の中でじっと待っていたりなどするだろうか?
答えはきっとノーだ。
バナナはきっと、闇の中ですっくとおきあがり、
引き戸に手をかけるだろう。
それをガラリと開いたバナナは、
戸棚の外のまぶしさに
一瞬めまいを覚えるに違いない。
そしてバナナは、慎重に床の上に降り、
自分をおいしく食べてくれる誰かを
探しにいくだろう。
「だれかー。誰かいませんかー」
そして……
バナナは発見するのだ。
スーパーで自分を買ってくれたお婆ちゃんが、
ねまき姿で畳の上にうつぶせに倒れているのを。
バナナは狼狽し、助けを呼ぼうとするだろうね。
でも……。
バナナは非力だ。
バナナはぽろぽろと涙を流しながら、
黒く古めかしい電話の受話器を取り上げようとするが、
きっと徒労に終わる。
でも、バナナはあきらめないだろうね。
自分を選んでくれたお婆ちゃんに、
おいしい思いをして欲しいから……。
泣きながらがんばるだろうね。
と、こんなこと考えてたら、
バナナに手足がなくて、本当によかったなあ、
って思いましたよ。
バナナはずっと戸棚の奥で眠っているのでしょう。
お婆ちゃんが扉を開けてくれるときを待ちながら。
<おわり>