13「MとRの物語」第一章 10節 図書室(その3)
図書室のシーンが続きます。
後ろに座った男子が、いい感じにからんでくる。
この男子には、名前をつけるべきか否か。
つけるとしたらどんな名前にするべきか。悩みは尽きない。
「MとRの物語」第一章 10節 図書室(その3)
「この涙は花粉症によるものです、だから心配しないで」と、
そう告げて、私は小説に集中することにする。
Mさん、私に欠けているものは、私にとって悲しすぎるよ。
欠けてるものが、多すぎるんだよ。
そうでもないかもしれない。
例えばお前はさっき、カレシはいないと言った。
友人もいないと言った。だけどこの後ろの男子のように、
お前を気にかけてくれる者は、存在するんだ。
要するに気の持ちようなんだと、俺は思う。
そうかな?
ああ、たぶん。
小説と同じで、人間関係だって、無理をする必要はない。
少しずつ、少しずつ構築していけばいい。
どうしても駄目なら、それでもいいと思う。
何か一つでも才能があれば、人は許されるんだ。
例えば小説の才能とかね。
許される? 誰に?
神に。あるいは女神に。
理解できないかもしれないが、
結局人間とか、神の存在する意味というのは、
「新しい物を生むこと」、に尽きるんだ。
神はそれを期待し、俺達はそれにこたえる。
だから俺達は、生きていられる。
もし俺達人間が、「創作」という活動をやめたなら、
神は人間を滅ぼし、次の世代の生物に、地球を支配させるだろう。
俺たちは、クリエイトするからこそ生かされている。
逆に言えば、それ以外のことには、あまり神は興味はないんだ。
ふうううううん……。
さあ、だいぶ時間が経ってしまった。
そろそろ手本を見せよう。
今は理解しなくてもいい。感じるんだ。
俺の思考を、俺の感情を、俺の息づかいを。
まずテーマは、「人間関係」。お前が苦労しているものだ。
俺はそこに、ひとつの解を与えることにする。
「人間関係より、大切なものなどいくらでもある」
わかるな? お前にはわかるはずだ。
そして次に、精神を集中する。これが俺の、集中のためのポーズだ。
え……。
私の右手が勝手に動き、ある形を作った。それに合わせて頭の中に、小さく高い、何かの響くような音が鳴り始めた。
きゅいいいいぃいぃいいいいいいいぃいぃいん
なんなの? この音。
「琴線に触れる」、という言葉がある。
何かの事象が、ある人の心に共鳴、感銘を与えること。
その共鳴のための、アンテナみたいなものが、
人の心には存在する。今その感受性を高めたんだ。
その効果は、音だけじゃないぞ。手を見て見ろ。
あ!!
私の右手の回りを、何かが包み込んでいるのが見えた。白、ピンク、黄色、黄緑、そういった色たちが、私の右手をもやっと包み込んで、ゆっくりと回転している。その色は、手から遠ざかるにつれて、薄くなるんだけど、その色の途切れる先端から、丸く白いものが、ぽろり、ぽろりと落ちて、ゆっくりと下に落ちて行き、机にふれると消えた。
これは、何なの?
オーラだ。あるいは霊気とも呼ぶ。
これを使うと、五感では感じられない現象も、
感じ取ることが出来るようになる。
聞こえ、そして見え、そして感じ取れるのだ。
感じる?
きぃいいいぃぃいいいいいん。
何かが私の心を優しくくるむ。お母さんと一緒にいるときの気持ちとも違う、Mさんに触れられたときとも違う感覚。癒し、っていうのかな。心が、緑色の光に照らされる感じ。
うん、感じる。暖かい光。
よし、その感覚のまま、もう一度考えてみよう。
お前を悩ます「人間関係」。
クラスの中で、お前を一番苦しませているのは、誰だ?
誰だろう。男子……、女子……、違う……。
先生? 違う。
私を一番苦しめているのは……、私?
かちゃかちゃかちゃ、と私の手がキーボードを叩く。私にはこんなスピードで、キーボードを叩くことは出来ない。Mさんがやってるんだ。すごいスピード。
そうだ、そしてお前は気づいたはずだ。
お前はそんな関係を、変えることが出来ると。
どうやってそれに気づいた?
私は、少し勉強しようかな、と思った。
教科書を開いて、前を見た。先生の顔を。ただそれだけ。
Mさんのキーボードを打つスピードが、さらに速くなった。
最後に、お前にはもうわかったはずだ。
お前に本当に欠けていたものは、なんだったのかを。
お前が変わるきっかけとなったものは、なんなのかを。
それは、何だったかな?
それは……、勇気……。あとは興味、とかかなぁ。
そうだ。正解だ。
Mさんのキーボードを打つ手が止まった。Mさんが言った。
目を開けて、ディスプレイを見て。
あ……。
私はいつのまにか、目を閉じていた。ディスプレイには、びっしりと文字が書かれた窓が開いている。その文字を読んで、私はまた泣きそうになった。
これって……、すごい……。
「お前、すごいな」
「え!?」
さっきの男子が、私の横で、食い入るようにディスプレイを見つめている。私からマウスを奪い取って、くるくるとスクロールさせて、小説を読んでいった。
「なんか急にタイピングを始めたと思ったら、これかよ。お前何者だ?」
男子がこちらに向いた。目がきらきらと光っている。私は顔が赤くなるの感じて、手で顔を覆って机に伏せた。
違うんです違うんです。これは私が書いたものじゃないんです。
Mさん助けてーー!