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SF小説・インテグラル(再公開)・第九話「ある女性の場合 その3」

第八話はこちら。

 インテグラル バージョン4を入手したその日、私はナタリー、そして3人のマスター達に出会いました。チュートリアルで体験した彼らの生い立ちは、地下図書館の書物で読んだことと若干違っていました。そもそも彼らはゴミ収集業などに従事したことなどなかったはずだし、ナタリーは、アラン、ニルス、ン・ケイルが生まれる何年も前に、その肉体を事故によって失ってしまっていたはずだから。
 
 しかし、お話の設定こそ事実と異なってはいるものの、彼らは私が想像していた通りの人達でした。ナタリーは聡明で優しかったし、アランは……。性格どころかその容貌まで、私が想像していた通りの男性だった……。もしかして私の思考を読み取ったインテグラルが、私の心の中のアランのイメージを再現したのかと疑ってもみましたが、その頃のインテグラルには、まだそんな機能はなかったはずであり、やはりあのアランは、現実のアランをスキャニングして得られた、モデリング・データなのだと思います。
 
 ひとつ残念だったのは、物語の中での私は、冷静な科学者ン・ケイルという設定であり、私がいくらアランに自分の思いを伝えようとしても、それは許されませんでした。ただ、「TIME OVER」の黄色い点滅が始まったとき、アランは私にこう言ったのです。
 
「ケイル……。今日の君はやっぱり変だ……。でも……」
 
ああ、アラン、アラン……。なぜにあなたはアランなの? と、私は古典で学んだセリフを口にしてみたかったけれど、ン・ケイルはやはり冷静にその言葉を受け流すだけでした。目前に白く巨大な「THE END」の文字が浮かび、夢から目覚め……。
 
「オープン……」
 
 私はベッドから出て、テーブルの上のマグカップを手にしてドリッパーにむかい、ダイヤルをビターにセットしてコーヒーを注ぎ、口をつけました。
 そのとき、ドアのチャイムがなりました。カーテンをそっと開いておもてをのぞくと、帝国のマークのついたホバーカーが、玄関につけられていました。一体何事? と心にざわめきを覚えながら、私はインターフォンのスイッチを押しました。モニターに映った男性の姿を見て、私は驚いて叫びました。
 
「アラン!! 本物?」
「ええ、アランです。朝早くにすみません。緊急事態なもので。ちょっとお話させてもらってもよろしいですか?」
「……」
 これは夢だ。インテグラルの夢が、まだ続いてるんだ……。そうじゃなければ、あのアランが私の住まいに来ることなどあるわけない!!
 
「すみません、ドアを開けてもらえませんか? そうでないと私の権限によって、このドアのロックを解除しなければなりませんが……」
アランが困ったような声で言いました。どうせこれがインテグラル世界なのだとすれば、アランは本当にロックを解除してこの部屋に入ってくるだろう。すべてはあるがままに……。
 
「わかりました」
私はドアを開けました。現実のアランとの初対面は、こうして唐突に、しかし冷静になされました。もしこれが、現実なのだとすれば、ですが。

(続く)


解説(ネタばれあり):

第七話から始まった、「ある女性の場合」という私小説の最終話です。

「インテグラル・ムービーメーカー」というソフトウェアの、地下図書館に隠されていた秘密の書物、インテグラル世界の三人の「神」について書かれた書物。

それを読んだ上で、「インテグラル・ムービーメーカー バージョン4」を購入したとある女性に訪れた、劇的な変化。「神」の一人である「アラン」との、現実での邂逅。

ただ、そのアランとの出会いが現実なのかそれとも、「インテグラル世界」の中なのかは、ここでは触れませんし、私の中にもその答えはありません。

最後の挿絵にある「アラン」の乗ったホバーカーと、その背景の廃墟のビルディングは、現実のものなのかそれとも仮想世界「インテグラル」内のものなのか。

ただ言えるのは、私が2008年にさらさらっと描いた「ホバーカー」が、今、関西万博の目玉となっている「空飛ぶクルマ」よりも乗り易そうだし楽しそうだなと感じるのは、私だけではあるますまい(笑

次回はこちら。

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