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僕はもうこの星空を忘れない



着火剤に火をつけて
その上に炭を積み上げていく。
30秒もすれば間から煙が上がって
後は炭に火が移るのを待つだけだ。
食材の準備も順調に進んで行って
手の空いた純菜がみんなにビールを配って回る。

「さて、ひと段落ついた所で!」
という純菜の乾杯の挨拶に
純菜だけだよ!!と総ツッコミをいれながら
僕らはビールを流し込んだ。
「いやぁ最高だね
やっぱり夏のバーベキューって」
「天気も良いしそんなに暑くないし
キャンプにして正解だったね!」
「まさか飲み会での思い出話から
本当にここまで話が進むとはね!」
「本当本当。」
「やっぱりこう言うのはノリなのよ。」


旅行の行き先がここに決まったのは
僕の間違えがきっかけだった。

「乾杯ー。」
「結構空いたね。」
「成人式ぶり?」
「みんなで集まるのはそうだね!」
「まぁ成人式もこの5人だけじゃなかったし
ちゃんと5人でってなると…
高校とか?」
「高校の時集まったっけ?」
「まあでもかなり久々だよね。」


僕らは小学校の頃の仲良しグループで
こうしてお酒を飲むのは成人式以来で
5人だけで飲むのは
初めてだった。
いざ顔をつき合わせて居ると
今まで忘れていた記憶が蘇って来て
思い出話が尽きないのは不思議だ。

「5年生の時に陸がびしょびしょで泥だらけで歩いてたの今でも思い出すと笑っちゃうわ」
「あったねー。ビオトープに落ちたんだっけ?」
「そう。放課後に落ちて着替えなんて無いし, なるべく人に合わない様に急いで帰ってたら純菜にばったり会ったの。あの時めっちゃ笑ってたよな」
「陸も自分で笑っちゃってたじゃん!
私は心配してあげたと思うよ大丈夫?って
ただめっちゃ笑ってたとは思うけど」
「運動会で骨折したのも陸だっけ?」
「それは裕一だよ!
騎馬戦で上乗ってて落ちた時に着地失敗して右腕を折ったんだっけ?
「そうそう。マジであの時痛かった。
その後のリレーも出れなくて当時はかなり落ち込んだなぁ。」
「なんか運動会の後くらいから
裕一と紗綾香が付き合ってるみたいな
噂流れなかった?」
「うそー。私知らないよそれ」
「なんか他のクラスの奴らにあの2人付き合ってるの?って聞かれて
噂になってるよって言われたんだよな。」
「実際こっそり付き合ってたの?」
「付き合ってないわ!」
「てかそもそもこの5人って何のきっかけで仲良くなったんだっけ?」
「確かに。クラスは一緒だけどなんかきっかけがあったんだっけ?」
「5年生の最初の方に
なんか宇宙科学館みたいな所に遠足で行って
その時の班がこの5人だったんだよ!」
「あ!そうかも!
流石、よく覚えてるな浩志。」

「星で思い出したけど5年の時の自然教室もこの5人だったよね。」
「その宇宙の所に行ってからは
自由に決めて良い時はこのメンバーになる事が多くなったのかもね。」
「自然教室も楽しかったなあ!」
「バーベキューしてカレーと焼きそば作ってキャンプファイヤーして。ザ キャンプって感じで!」
「焼きそばは作ってない。
焼きそばは中学の自然教室じゃない?」
「本当浩志の記憶力やべーな。
確かにカレーと焼きそばって作り過ぎか。」
「そんで夜にプラネタリウムで星見たんだよね。」
「いや、プラネタリウムには行ってないよ。天体観測スポットみたいな所で星は見たけど!あの星もめっちゃ綺麗だったよなー。」
「浩志が覚えてないなんて珍しい!」
「確かに!綺麗過ぎてプラネタリウムと記憶がすり替わっちゃったのかな?」

5年生の時の自然教室で夜に星を観に行った事は覚えている。
その時僕の横には紗綾香が居た。
彼女の星を見ている姿だけははっきりと覚えている。それが何処だったか。
僕は忘れてしまっていた。

「キャンプしたいね!」
「したい!」
「10年振りの自然教室行っちゃう?」
「行きたいね!!」

こうなってしまえば純菜の
行動力に従っているだけで
どんどん事が進んでいく。
皆んなの都合の付いた土日を使って
1泊2日の自然教室に僕らは向かったのだ。



バーベキューを終えて
今日泊まるログハウスに一旦戻って
ひと段落ついた後
陽が落ち始めて来たのを目処に
僕らはキャンプファイアーを始めた。
火を囲んで飲み直す。
パチ パチ と音を立てながら
登っていく煙を
何となく目で追いながら
見失う界もなく
気付くとただ空を眺めていた。
話し出した純菜の声でそれに気付いてふと皆んなを見渡した。
「星綺麗に見えるかなー?」
「天気良いし大丈夫でしょ!」
「純菜ずっと思ってた事があるんだけどさ、地球が丸いとか、星がどういうモノかとか、教科書とかで習った事を信じてるけど
実際近くで見た事ないから
本当は地球は丸くありません!ってもし言われても今度はそれを信じるしか無くない?」
「急にどうしたの純菜?」
「でも確かにそういう事って多いよね。
勝手に当たり前になってるけど
自分の中でなんの確信もない事とか。」
「逆に言えば確信がある事の方が少ないかもしれないね。」
「自分で一生確認しにはいけないと思うけど、宇宙とか星座とか、習った事が全部本当であって欲しいなーって思うんだよね。」
「考えた事も無かったけど
なんとなく純菜の言ってる事は分かる気がする。」

「星の説明してくれるの何時からだっけ?」

「8時半からだからもう少ししたら向かおうか!」

泊まるキャンプ場の近くに天体観測スポットがあって, そこでスタッフの人が星の説明をしてくれるイベントがある。
それに僕らは参加する事になっている。

「帰って来たらもう一回キャンプファイアーするよね?」
「当たり前じゃん!」
「てか花火もあるよ。」
「うわー最高。」
そして開始時刻が近くなって来たので
僕らは天体観測スポットに向かった。

外灯の照らす山道を登っていく。
半分くらい来た所からは階段を登っていく。
階段を登りきると天文台があって
その奥の広場に何組か既に集まっている。
「意外と遠くてギリギリになっちゃったけど間に合って良かったね!」
「天文台もあるんだ!」
「点検中で今は使えないみたいだけど。」
「みなさんこんばんわ!
本日はお越し頂きありがとうございます。
只今からマイクを使って
天体の説明をさせて頂きます。
20分程度を予定しております。
是非横になって見上げてごらんになって下さい。
まもなく始めさせて頂きますので
準備をしてお待ち下さい!」
アナウンスが流れて
僕らは広い場所に移動して
芝の上で横になった。
天文台の施設の電気が一部消灯して
辺りは真っ暗になった。
幻想的な音楽が流れ出して
スタッフの人が話し始めた。


「それでは星を見ていきましょう。
暫くすると目が慣れてきてもっと良く星が見える様になりますので。
目が慣れて来るまで
まずは明るく光る星から見ていきましょう。
夏の夜空でもっとも光ってる星が
皆さんご存知のベガです。
見つけられましたか?
そしてアルタイル、デネブ
夏の大三角ですね。
目が慣れて来るとその間に
天の川が見えて来ます。」

都会ではまず見られない数の星が
広い空いっぱいに広がっている。
僕はこの星空を自然教室の時にも見た。
皆んなと一緒に。
だけどその時、横に紗綾香が居て
星を眺めている横顔が
いつもとなんだか違って見えて
僕は横に居る紗綾香の事が気になって
しょうがなくなってしまった。

そしてこの旅行は気持ちを伝える良い機会とも思った。だけど僕は今のこの5人が好きだ。


「皆さんの目も慣れて来た所で
夏の代表的な星達を探していきましょう。
ベガから地平線に向かって降りていくと…」
説明を聞きながら星を探していた。
あれがそう?と空に指を差して
手を下ろした時、ふいに紗綾香の手とぶつかった。
僕は紗綾香の方を見た。
紗綾香は星に夢中で見上げたままだった。

僕は紗綾香に自分の気持ちを伝える事でこの仲が壊れる事を恐れてきた。
だけど伝えたい。
どうやって伝えよう。
そんな事を考えていると
僕は頭がいっぱいになりそうだった。


「星と言うのは地球からとても遠くにあります。今皆さんが見てる星も、10光年離れた所にあれば今見ている光は、その星が10年前に出した光と言う事になるのです。」

「10年前の光だって。」
「じゃあ丁度あの頃に放った光かもしれないって事か!」
「なんか偶然!凄いね!」

星にとっては僕らの10年なんて
数分前の事の様な。
それでも僕らは
一瞬じゃない時間を過ごしてきたと思う。
その時ふと思った。
宇宙や星の存在なんて
人から聞いた事を鵜呑みにして信じているだけ。自分で確かめてもない事を勝手に信じているだけ。
だけど信じているなら真実なのかもしれない。


「そして星にも寿命があります。
太陽だと100億年くらいと言われています。
光が届くのに10年ですから
今この空に広がる星のどれかは
今この瞬間に存在していない可能性も
あるのです。不思議ですよね。」


変わっていく。
このままで居たいと願っても。

「地球が丸いかどうかなんて
別にどうでも良い事かもしれない。
この5人でまたここに来れたって言う
自分の目で見える事実の方が大切に思うよ。」
僕が言うと皆んな少し笑った。

流石に恥ずかしくなって           僕も少し笑った。

夏の大三角形みたいに

この時間を結んでくれるように


今度はこの星空を忘れずに居られるように

僕はベガを見つめた。


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