北海道の廃線跡探訪 第72回 標津線(5/9)川北フットパス~根室標津間
1.ごあいさつ
ご訪問ありがとうございます。
北海道の廃線跡探訪第72回 標津線その5 川北フットパス~根室標津間です。
この区間の路盤は川北フットパスとして整備されていましたが、ところどころ通行できないところがあります。
根室標津駅跡は近年整備され、C11 224が保存されています。
なお、これからの投稿予定路線などは、初回記事にありますので、そちらをご覧ください。
2.川北フットパス その2
東三号道路の踏切跡から川北方は、農地への通路として使われている。
フットパスを示す小さな標識はあるが、ただの作業道といった風情で、あまりフットパスらしくない。
作業道はシュラ川の手前で終わり、そこからは短い草が生えた、歩きやすい道となり、フットパスにふさわしくなっている。
シュラ川橋梁は赤いガーダー3連で、建設現場用単管と鉄製足場板で通路が設けられ、安心して渡ることができる。
橋の先から川北方をみると、路盤は同じような状態だったから、ヤブがヒドいのは、川北の入口近くだけなのかもしれない。
3.川北フットパス その3
標津川の手前の踏切跡から、再び川北フットパスへ入る。
ここには「フットパス・川北」の標識や川北と同じ案内板もあり、路盤には低い草が密生しているだけだったので、川北方にある第2ポー川橋梁まで歩いてみた。
途中に黄色いクマ避けベルがあったので鳴らしてみたが、あまり遠くまで響きそうもなかった。
ポー川までは10分ほどで着いたが、赤いガーダー3連の鉄橋には建築現場用足場板の通路と手すりのかわりのロープもつけられていた。
鉄橋上には左右から樹木が迫っているが、鉄製足場板とロープはたいへん助かる。
橋の先の路盤も同じような状態だった。
4.川北フットパス その4
踏切跡の根室標津方には、「標津駅跡」と書かれた、黄色い矢印型標識がある。
樹林のなかを行くと、すぐ白い砂利の道と交叉、その先は幅が広くなっている。第2標津川橋梁へ向かう築堤を撤去した跡だろう。
ここにも、両端が矢印となった「標津駅跡・川北」の標識があるが、すぐ旧河道と思われる沼地に突き当たる。
対岸もきれいに草刈りがされているのが見えるが、沼地を渡るすべはなく、迂回を余儀なくされる。
標津川の堤防道には同じ黄色い「フットパス」、築堤跡には「フットパス・川北」の標識があり、それぞれ川北方向と標津市街方向を示している(ただし、標津市街へは堤防道を迂回する)。
標津市街はともかく、川北方へは沼地があって行けないのだが。
標津線は第2標津川橋梁を渡り、標津市街に北西から入っていた。
橋の痕跡はないが、根室標津方の路盤は、市街地のなかを根室標津へと続いている。
5.根室標津
根室標津駅は、市街地のほぼ真ん中に位置していた。
駅跡は芝生の美しい公園や空き地となり、駅前通りも旧構内を西側へ突き抜けている。
標津町指定文化財として、上路式転車台が保存され、転車台前後の線路も一部残されていた。
2017年8月、図書館前に保存されていたC11 224号機が整備され、転車台附近に移された。デフレクターやキャブ窓枠の白い縁取りを除けば、動態保存機を思わせるほどになっている。
背後には積雪期に格納するためか、温室のような覆いがあり、よい状態が維持できるように考慮されている。
転車台のまわりには、かつての駅舎上に掲げられていた「根室標津駅」を思わせる切り抜き文字が置かれている(タイトル写真参照)。営業当時の写真を見ると、かつては赤色だったが、塗り替えた実物なのだろうか。
「標津転車台保存会」による新しい解説板も設置されている。
元からあった解説板の釧網線「くんもうせん」のルビも、テープで訂正されていた。
ご神体として小さなC11 224が祭られた神社?もあり、なかなか楽しい駅跡になっている。
今回はここまでです。
おしまいまで読んでくださり、ありがとうございました。
次回は中標津に戻り、厚床方面春別へ向かいます。