なぜFull Funnelへの投資が必要?
デジタル広告はBottom Funnelに相性が良いマーケ手法
前回の説明でFull Funnel Marketingの概念を理解していただいたと思いますが、今回はデジタルマーケティングにおけるその捉え方に焦点を当てます。デジタルマーケティングを重視する場合、Full Funnel Marketingのアプローチはどのように変わるのか、考えてみたいと思います。
デジタルマーケティングを軸に置くと、パフォーマンスマーケティングの重要性が増し、その影響でBottom Funnelへの注力が一層強まります。パフォーマンスマーケティングは、主にBottom Funnelに焦点を当てた手法であり、多くの企業は成果を商品購買や会員登録などのBottom Funnelに関連した指標で評価しています。広告メディアのAIも、認知度や商品理解度ではなく、Bottom FunnelのKPIを最大化するために広告配信を最適化しています。
インターネットの普及により、デジタル広告のマーケティング視点で最も大きな変化の一つは、マーケティング施策の効果をより正確にトラッキングできるようになったことです。このトラッキング精度向上が最も相性がよいのはBottom Funnelであり、マーケターは自らの施策のROIを算出することができるようになりました。その結果、ROIが一定以上のパフォーマンスを保てる場合、企業はパフォーマンスマーケティングへの広告費投資を増やすことで売上利益を拡大できるという相関関係が計算しやすくなりました。このロジックを理解した企業では、マーケティング費用がパフォーマンスマーケティング=Bottom Funnel施策に偏っていく傾向が見られることが多くなります。
Bottomの予算を減らしてUpper&Middleに予算シフトする難しさ
この現象は、Upper&Middle Funnelへのマーケティング投資を拡大することについての障壁を高める課題を同時に引き起こしてしまいます。コネクテッドTVの普及により状況は少しずつ変わっていますが、数年前までのUpper&Middle Funnelを大規模に行う代表的な媒体はTVCMでした。しかし、TVCMを含む旧来のオフライン広告では、施策の効果をトラッキングことができません。つまりBottom Funnel施策ではROIの算出が可能ですが、Upper&Middle Funnel施策では、認知率のリサーチ結果等をを得ることができるものの、その認知率の向上が売上増にどの程度寄与するかが不透明でROIを算出することが困難なケースが多くなります。
このような状況では、マーケティング予算の上限が決まっている中で、ROIが明確でポジティブなBottomo Funnelの広告予算を減らし、ROIが不明確で計算ができないUpper&Middle Funnelに広告費を投下する合理的なロジックを構築することが難しくなります。その結果、理論上はFull Funnel Marketingの必要性が認識されていても、Upper&Middle Funnelへの投資を拡大することが困難になってしまうのです。
これまで関わった3社の企業すべてでこの課題に直面してしまいました。さらに、この問題は別の課題も引き起こします。それは、パフォーマンスマーケティングが経営陣にとって理解しやすく、投資判断がしやすい性質を持っていることに起因します。パフォーマンスマーケティングのロジックはシンプルで、成果認識の精度も高いため、数字が読める経営者にはその投資意思決定を行いやすいという特徴があります。その結果、デジタルマーケティング自体に対してROIが正確に把握できるイメージが強くなります。一方で、Upper&Middle Funnelの施策はROIが不明確であり、リサーチ結果などに基づいた投資判断が求められます。そうすると、マーケティングの理解に乏しい経営者であったりすると、Upper&Middle施策は曖昧かつリスクの高い投資に見えて見舞うのです。特にBottom Funnel で成功している企業ほど、Upper&Middle Funnel施策に投下しなければいけないコストは初期段階から比較時規模が大きくなることが多いので、ハードルは高まります。
一方、伝統的マーケティングの世界では、Full Funnel Marketingの概念は当然のこととされ、議論の対象になりにくいと思います。また、Upper&Middle Funnelの費用対効果が不明確な問題は、Bottom Funnelでも同様であることが多く、集中投下の議論も起こりにくいです。デジタルマーケティング中心にマーケティングに携わってきた者からすれば、どこにいくら投資するかを判断する根拠がほとんどないため、不安を感じてしまうのですが。
Full Funnel Marketingで中長期のマーケティング環境を改善する
このように、デジタルマーケティング、特にパフォーマンスマーケティングに重点を置いて成功してきた企業にとって、Full Funnel Marketingを本格的に実施することは非常に困難です。しかし、難しいからといって諦めてしまっても良いのでしょうか?正確には各社の状況によって異なりますが、中長期的な成長を維持しようとすると、ほぼNoと言ってしまってもよいと思います。
この議論をするために、デジタル広告やパフォーマンスマーケティングにおける価格決定の仕組みを思い出してみましょう。パフォーマンスマーケティングでは、自社や競合他社を含むユーザー獲得の需要と広告予算の総額に対するターゲット顧客の数(つまり顧客の共有量)のバランスで顧客の獲得単価が決定されます。
以前に話した、正月に蟹を売るという例でも、水産加工品の製造企業が売上を上げたいとき、予算を増やしても関連するリスティング広告の拡大余地がなくなり、ターゲットユーザーにアクセスしきってしまうと、さらに売上を拡大するために広告予算を増やすと、顧客獲得単価が上昇するという話をしました。
この状況を打破する可能性がある手法が2つ考えられます。
一つ目は、商品やサービスの需要自体を拡大することです。例えば、正月の蟹の場合、正月三が日におせち料理以外のものを食べるという発想がなかった人々に、蟹を使った暖かいカニ鍋などの提案をする広告を通じて需要を拡大します。この施策が成功すれば、蟹を買うというニーズが増え、関連するキーワードの検索数も増加するでしょう。
二つ目は、需要拡大の施策を実施する際に、自社のブランド名を強調し、直接自社のサイトに訪れるユーザーを増やすことです。この施策は、競合他社に顧客を奪われるリスクを減らし、自社の認知度を高めることができます。また、指名検索と呼ばれる、自社のブランド名での検索は非常に効果的であり、競合に比べてクリック率が高い傾向にあります。
これらの施策は、Upper&Middle Funnelのマーケティング活動に該当します。Bottom Funnelのみで事業成長を達成している企業にとっては、短期的には必要のない施策かもしれません。しかし、中長期的な競争力を維持するためには、市場が飽和したり過当競争に陥るリスクがあるため、Full Funnel Marketingが必要になる可能性があります。
楽天のプロ野球参入をFull Funnel Marketing視点で考える
具体例として、楽天時代の経験をFull Funnel Marketingの観点から振り返ってみます。2002年に楽天市場でマーケティングを始めた当時、EC業界はまだ新しい分野であり、インターネットでのショッピングに対する不安や疑念が根強く残っていました。そのため、「安心、安全」などのキーワードを積極的にアピールする必要がありました。また、新規性の高いサービスの場合、自社のブランド認知度を上げるだけでなく、需要そのものを創出する必要がありました。これは、Bottom Funnelへのコスト投下だけでは市場への供給量が増えず、事業の成長につながらない可能性があるためです。
但し、当時はまだリスティング広告も新しい取り組みであり、広告単価も比較的低かったため、リスティング広告の予算拡大が容易でした。しかし、時の平価とともに競合他社の参入により競争が激化し、広告単価が上昇していきました。この時点で、楽天は高成長を維持するために、マーケットのリーダーとして自社で市場を開拓し、市場の拡大を図るUpper&Middle Funnel施策を行う必要があったのかもしれません。
そんな問題に直面していた時期に起こった2004年の楽天のプロ野球参入は、楽天のブランドの認知度を一気に向上させるきっかけとなりました。この事件により、楽天というブランドは数カ月の間に急激に広まりました。当時、私はグループ全体のブランド管理の責任者として、この爆発的なブランド認知度向上をどのように事業成長に活かすかを考える立場にありましたが、実際にはかなり難しい問題でした。
楽天のブランドは突然Upper Funnel施策が成功し、ブランドの認知度が急激に増大した状況でした。しかし、それまでBottom Funnel中心のマーケティング施策を行っていたため、Middle Funnelの施策が不足している状況でした。さらに、大規模なUpper Funnelの投資に対して、その結果が業績にどのように反映されるか不透明であり、大きな予算をMiddle Funnelに割くことは難しいと感じました。
問題点は認識していましたが、急激な変化に備える準備ができておらず、どのように対応すべきか答えが見つからなかったのです。結局、地方でのテスト施策などをを通じて少しずつデータを貯め、正しい方向性を見つけ、という繰り返しを数年にわたって続けました。その中で見つけた答えが楽天市場の半額セール「楽天スーパーセール」のCM施策だったと思います。そこにたどり着くまで、楽天のマーケティングチームは数年単位の試行錯誤を続ける結果になったのです。
Full Funnel Marketingは、単にTVCMを行うことで済むのではなく、自社の状況に合わせて適切な戦略と施策を設計し、その結果を評価して次に活かしていくPDCAサイクルを確立することが重要です。特にデジタルマーケティングを真剣に取り組む企業ほど、Bottom FunnelとUpper&Middle Funnelの間のギャップに悩むことがあります。
では、どのようにすればうまくいくのでしょうか?それについては、次回以降で議論していきたいと思います。
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