絵本探究3
第3期 絵本探求ゼミ③振り返り
絵本の賞
今私たちが手にする絵本が確立したのは19世紀半ばの英国で、ウォルター・クレイン、ランドルフ・コールデコット、ケイト・グリーナウェイの3人の絵本作家が活躍したことから始まる。ゼミで賞について学び、どんな絵本が賞をとっているのか、賞をとった絵本を見ていくことで良い本とはどんな絵本なのか、子どもたちに届ける本はどんな本がいいのかを考えるきっかけにしたい。
今回はケイト・グリーナウェイ賞をとった絵本から作家ヘレン・オクセンバリーを調べた。
ヘレン・オクセンバリーがケイト・グリーナウェイ賞を受賞した絵本から1冊
『ふしぎな国のアリス』を選んだ理由
今回の課題でケイト・グリーナウェイ賞の受賞作品を調べていた時に、『きょうはみんなでクマがりだ』『3びきのかわいいオオカミ』『ケーキがやけたら、ね』絵本の絵をかいているオクセンバリーが『ふしぎな国のアリス』でケイト・グリーナウェイ賞を受賞していることを初めて知り、この1冊を取り上げた。
百年以上にもわたり読み継がれる名作、ルイス・キャロルの『ふしぎな国のアリス』の挿絵を多くの著名な画家たちが手掛けているが、ヘレン・オクセンバリーもこの名作に挿絵を描いたことで、どんな絵本になっているか興味を持った。絵本というか読み物に挿絵が描かれている。
『ふしぎな国のアリス』は、207ページ、本の背は幅があり重みを感じる。表紙は
白いワンピースを着た髪の長い女の子(アリス)と眼鏡をかけた白いうさぎがナイショ話をしている様子が描かれ、クリーム色の紙にやさしい線、トーンを押さえた色彩で描かれた挿絵はあたたかみを感じる。モノトーンとカラーの挿絵でリズム感が出て長いお話も読み進められる工夫を感じる。モノトーンで描かれた絵に対してカラーで描かれた絵はインパクトがある。子どもたちに長いお話も飽きずに楽しく読んでほしいとう思いが伝わってくる作品だ。
『ふしぎな国のアリス』でケイト・グリーナウェイ賞を受賞したのは2000年だが、この受賞については、この年に特に際立ってケイト・グリーナウェイ賞に値する作品がなかったこと、当時実力を認められているヘレン・オクセンバリーの作品を凌ぐ作品がなかったことで、この年はヘレン・オクセンバリーが受賞することになったと思われることを講義で聞く。
どのように、ヘレン・オクセンバリーが絵本作家として確立していくか興味を持ち、経緯を調べてみることにした。オクセンバリーの絵本は邦訳されて日本でも親しまれている。
ヘレン・オクセンバリー生い立ち
ヘレン・オクセンバリー 絵本作家となる
オクセンバリーが子どもを持ち家庭でも続けられる仕事をと考えた時に、夫ジョン・バーニンガムの仕事を見て、家庭でも続けられる美術の仕事から絵本に目が向けられた。
最初の絵本は、『Numbers of Things』(未訳)1967年に出版された。
1969年には、『The Dragon of an Ordinary Family』(邦題)『うちのペットはドラゴン』徳間書店2000)を出版、この絵本は、平凡な一家がペットとしてドラゴンを購入して平凡な一家が少しも平凡でなかったという物語で、オクセンバリーの絵が、ファンタジー作家として知られるマーガレット・マーヒーの文をとても楽しいものにしている。
同じく1969年に出版した『The Quangle Wangle,s Hat』(邦題)『カングル・ワングルのぼうし』ほるぷ出版1975)この2作品がケイト・グリーナウェイ賞を受賞することとなる。
エドワード・リアの詩にヘレン・オクセンバリーが絵を描いている。英文は韻を踏んでリズム館を出しているが、邦訳もリズミカルな詩で声に出して読んで心地よい。ヘレン・オクセンバリーの色鮮やかな絵が興味をそそる。
大きな帽子をかぶったカングル・ワングルはいったい誰なのか顔は見えないが、帽子に次々とやってくる動物たちも不思議さを感じ、次第ににぎやかになる楽しさを感じる。ウクライナの民話『てぶくろ』を彷彿させる。
1969年に出版された『うちのペットはドラゴン』と『カングル・ワングルのぼうし』でケイト・グリーナウェイ賞を受賞したことがきっかけとなり、本格的に絵本製作とイラストレーションの仕事へ入る。
ヘレン・オクセンバリーのボートブック
第3子の誕生とともに、乳幼児を念頭においた本の制作に興味を抱いたオクセンバリーはボードブックを手掛けることになる。母親の目線で描く絵本の誕生となる。
1981年『Working』Baby Bord Books(邦題『しごと』文化出版局1981年)
『Dressing』Baby Bord Books(邦題『したく』文化出版局1981年)
『Family』Baby Bord Books(邦題『家族』文化出版局1981年)
『Friends』Baby Bord Books(邦題『ともだち』文化出版局1981年)
『Playing』Baby Bord Books (邦題『あそび』文化出版局1981年)
1987年『Clap,Hands』未訳
1980年代頃に入るころは、高学歴のベビーブーム世代がちょうど親になった。子どもたちに幼いころから本を与えたいと思いその頃にボードブックが出版され始めるとすぐに関心を示す。
ボードブックとは・・・
かじられたり投げられたりすることに耐えて、厚紙で作った絵本のこと。
第3子の娘さんが子ども服などのカタログを見せると指さしをしたり喜んだので、本屋に行ってごく単純な絵のボードブックを探したところ、思うも本がほとんどなかったことがボードブックを作るきっかけとなったそうだ。
オクセンバリーが自身の子育てが絵本作りのきっかけとなり、どのような絵本が赤ちゃんとおかあさんが楽しめるのかを考え作っているのがよくかる。
オクセンバリーは赤ちゃんと身の回りの関係の事実を忠実に描き表すことを大事にしている。
絵とことばが合う絵本がいい絵本というように、絵が赤ちゃんのしぐさや表情、発達にあうこと、ページにはお母さんが楽しみを見つけることができる工夫を施して何回も絵本を開いて繰り返しお母さんが赤ちゃんに言葉かけができるようにすること、これを念頭において作られたオクセンバリーの赤ちゃん絵本の力をあらためて感じる。
ボードブックは15センチ四方で角をとりは丸みをつけている。
絵はシンプルに赤ちゃんの身近な生活の様子が描かれている。
ことばはなく絵で語る模擬なし絵本で、お母さんが絵をみて赤ちゃんに話しかけられる。
5冊の赤ちゃんシリーズの絵本の裏表紙には、次の絵本の表紙の絵が小さく描かれていて続く。
邦訳されたヘレン・オクセンバリーの絵本から
オクセンバリーの描く絵本で『きょうはみんなでクマがりだ』がある。
オクセンバリーが 子どもの頃に遊んだ場所をもとに描かれた“泥んこの入り江”、この絵本は一人であるいは他の子どもたちといっしょに田舎に行った時に感じた解放感をあらわしている。
ことばと同じくらい絵で多く語れるのが気に入っている。と、オクセンバリーはインタビューに応えている。
詩人マイケル・ローゼンがかいた詩に絵を描いた。ローゼンの詩で「みんな」とは誰かがどこにも書かれていないので登場人物は画家(オクセンバリー)に任された。
オクセンバリーはみんなを家族で描いた。
吹雪もぬかるみも、クマが獰猛なのか友好的なのかも語られていなかったが、物語のスピード感を増し速度を緩めない方法を絵で表し急ぐところはコマ割りで表した。
きょうは みんなで クマがりだ つかまえるのは でかいやつ
そらは すっかり はれてるし こわくなんて あるものか!
絵本を声に出して読むと繰り返しで、リズムを感じて次第にテンポにのっていく爽快感がある。
白黒の絵とカラーの絵
オクセンバリーは、子どもの頃好きだったカラーの絵をよく覚えているそうだ。
カラーの絵がもうすぐ来るとわかるとわくわくしてきて、ページをめくるのが嬉しくなり
ついにカラーの絵が現れる。白黒とカラーのコンストラストがとても印象的だったという。
クマがついに見つかった時、他でもない父親が子どもの先頭に立って必死になって逃げる、これはこっけいさを出している。子どもの親も人間に過ぎないことを示す、親にも弱点があること見せるのは悪くないとオクセンバリーは語る。また、絵の中に、ふるいタイヤが川に浮いていたり空き地に捨てられているものが描かれているが、これは、子どもの頃、高価なおもちゃであそぶよりも浜辺で空き地に石を投げることが面白かったりする、子どもは特別に要されたおもちゃがなくとも身近なもので遊びを見つけて楽しむ力を持っていることを伝えたかったそうだ。
絵本を読んでもらっている時の子どもたちは、絵をよく見ていて背景の小さなものを見つける。絵本の中でも、大人は気づかないところを見て楽しむ力を持っているのが子どもだ。オクセンバリーは子どもの心をつかむ描写、ページの中に子どもの遊び心をひきつけ、ことばでは言い表されていないことを絵で楽しめる工夫をしている。
テンポの良いリズム、カサカサカサ、チャプチャプチャプなどのオノマトペの繰り返しが心地よく響く。
冒険に出かけ、ハラハラドキドキして、また家に戻ってくる、無事に帰りつくことで子どもたちに挑戦への勇気を与え、冒険心をくすぐる。生きて帰りものがたりである。
『きょうはみんなでクマがりだ』は、1989年にケイト・グリーナウェイ賞オナー賞を受賞している。
感想
ヘレン・オクセンバリーは子どもの頃から絵を描くのが好きでよく描いていたこと、親に読み聞かせをしてもらっていた本に「ふしぎな国のアリス」があったこと、ジョン・バーニンガムに出会ったこと、子どもを持ち育てたこと、多くの経験が彼女の絵本の作品に生きていると感じる。子育てをしながら仕事を両立することができたのも、絵を描くことが楽しく、描き表したいものが常にあったことは大きいと思う。オクセンバリーの絵に変化が見られる。ケイト・グリーナウェイ賞を1969年に受賞した『うちのペットはドラゴン』と『カングル・ワングルのぼうし』は、綿密な線で描きこまれているが、子育てをする中で作られたボードブックシリーズの作品は、余白を十分にとり、やさしい線と色使いで描かれている。ルイス・キャロルの『ふしぎな国のアリス』では現代の女の子風のワンピースを着たアリスが今に親しみやすい。
『カングル・ワングルのぼうし』『きょうはみんなでクマがりだ』『3びきのかわいいオオカミ』などオクセンバリーは創作よりも他の作家の文章に絵をつけた作品に傑作が多い。作品に寄り添い読者のことを想って、描いていくことにより、絵の表現に変化が見られたのだろうと思った。どの作品にもあたたかさを感じながらも作品に合った絵、登場する人や動物の表情にも変化を感じオクセンバリーの細やかな気配りを描かれている。
一人の作家さんを見ていくと、子どもの頃に見た風景が絵に表れていたり、時代・生活の変化が作品に変化をもたらしたり、暮らしが作家活動の源になっていることがわかり興味深い。
ミッキーゼミで絵本の背景を学ぶ楽しさも感じている。
参考文献
『絵を読み解く絵本入門』
藤本朝巳・生田美秋/編著
ミネルヴァ書房2018
『ベーシック絵本入門』
生田美秋・石井光恵・藤本朝/編著
ミネルヴァ書房2013
『絵本Book End』2020 絵本学会
『初めて学ぶ英米絵本史』
桂 宥子/編著 ミネルヴァ書房2011
『絵本をひらく 現代絵本の研究』
谷本誠剛・灰島かり/編 人文書院