#聴いてみた Beethovenのピアノ三重奏曲「大公」
NHKFM「音楽の泉」の Beethovenのピアノ三重奏曲「大公」を聞き逃し配信で聴いてみた。
曲目
ピアノ三重奏曲 変ロ長調 作品97 「大公」
ウラディーミル・アシュケナージ(ピアノ) 、
イツァーク・パールマン(バイオリン) 、
リン・ハレル(チェロ)
作曲: ベートーベン(37分15秒)
<東芝EMI CC30 9039>
解説は🖊曲解説へ
バイオリン・ソナタ 第4番 ハ短調 BWV1017から 第1楽章(シチリアーノ、ラルゴ)
イツァーク・パールマン(バイオリン) 、
マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)
作曲: バッハ(4分13秒)
<ワーナーミュージック・ジャパン WPCS13551>
最後に「大公」でヴァイオリンを弾いていたパールマンが70才代を迎えてからの録音したバッハの調べをお送り致します。
曲解説(奥田佳道先生解説からの抜粋)
🖊今朝はベートーヴェンがルドルフ大公に捧げたピアノ三重奏曲「大公」をお送り致します。
(♪~)第1楽章が始まった所、ドラマティックな展開を予告する冒頭と言っても良いかもしれません。
ベートーヴェンはピアノ、ヴァイオリン、チェロによるピアノ三重奏曲を20代前半の頃から作曲しています。
鍵盤のヴィルトゥオーゾ、華やかな技と音楽性をもったピアニストとしてウィーンで脚光を浴び始めていたベートーヴェンが人気ジャンルのピアノ三重奏曲を作ったということでウィーンの貴族達はあたかも競うかの如く、その楽譜を購入しました。
今のピアノ三重奏曲第1番第2番第3番です。
因みにこの3曲がベートーヴェンの作品1になりました。
ピアノ三重奏曲はウィーンの貴族や音楽愛好家の間でとても愛されたジャンル故、楽譜も売れました。
それで、ベートーヴェンも管楽器と弦楽器を交えたセプテット 七重奏曲、続いて交響曲第2番を自らピアノ三重奏曲に編曲しています。
その後、ベートーヴェンは1808年に2曲のピアノ三重奏曲を書き、これは作品70として出版されました。
その1つは第2楽章の摩訶不思議な雰囲気から『幽霊』と呼ばれることもあります。
その3年後、1811年にいよいよ「大公」のニックネームで知られる変ロ長調のピアノ三重奏曲が作られます。
1811年と言いますと、交響曲第7番の作曲が始まった年です。
ここで「大公」の第2楽章を少し聴いてみましょう。
(♪~)
第2楽章はベートーヴェン得意のスケルツォで書かれています。
さて、ニックネームになっている「大公」、これはベートーヴェン最大の支援者、パトロンで作曲と鍵盤の弟子でもあったルドルフ大公のこと。
このルドルフ大公に献呈されたことから「大公」というニックネームが付きました。
ルドルフ大公は1788生まれ。
ベートーヴェンよりも18才年下、この大公はオーストリア皇帝レオポルト二世の末の息子、 つまり皇位継承者の1人でもありましたが、生来病弱だったことから政治や軍務ではなく、音楽とカトリックに人生を捧げることになります。
ルドルフ大公は後に、ウイーン学友協会の名誉総裁、そして現在のチェコ、オロモウツの大司教に就任しています。
ルドルフ大公は破格の条件でベートーヴェンに芸術年金を支給する一方、作曲とピアノをベートーヴェンから学んでいます。
鍵盤の腕前は相当なものだったようで、プライヴェートな場ではありましたが、ピアノ協奏曲第5番「皇帝」を最初に弾いたことでも歴史に名を刻んでいます。
又、作曲家としても、クラリネット作品を中心に室内楽曲をいくつも書いており、現在でも時々演奏されます。
ベートーヴェンのピアノ三重奏曲「大公」をは1811年に完成、プライヴェートな場で演奏された後、1814年の春に公の場で披露されました。
この時ピアノを弾いたのは作曲者自身、ヴァイオリンはラズモフスキー伯爵邸のヴァイオリニストでベートーヴェンの弦楽四重奏芸術にずっと寄り添っていたシュパンツィク、又はシュパンツィヒ、チェロはそのカルテットで弾いtていたヨーゼフ・リンケでした。
楽章は全部で4つ、第1楽章アレグロモデラート変ロ長調、 構えの大きな音楽です。
第2楽章、先ほど少し聴いて頂きましたスケルツォ
第3楽章はベートーヴェン得意の変奏曲 、味わい深く気高い音楽が紡がれていきます。
そして第4楽章は再びアレグロモデラートの音楽。
芸術的な覇気、躍動感も添えられました。
🖊 Beethovenのピアノ3重奏曲「大公」を聴いてみて
非常に構成力のある立派なピアノ三重奏曲である。
「大公」はルドルフ大公に捧げられた。
ただ壮大であるだけでなく、美しい旋律、品格溢れる音楽は、ベートーヴェンとルドルフ大公との長きにわたっての「信頼関係」によるものだと思う。
音楽は人と人を結ぶ。
そしてこの曲を通して今も尚、その「歴史」に触れることができる。
時空を超えて今も尚愛される理由がここにあった。