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愛欲の怪物

「ヨシ君てさ、クズだし、金もないし、普通に暴力とか振るってきちゃうけど、でも、エッチは凄いうまいんだ。」

恍惚とした表情を浮かべた咲(えみ)は、アイスコーヒーをストローでクルリとかき混ぜてみせた。

『へえ、そうなんだ……。でも、咲ならもっといい男いるんじゃないの。ほら、同じ会社のマサヒロ先輩、格好いいって言ってたじゃない。』

私は咲のことが、どうにも心配になっていた。

「あの人、確かに顔はいいわ。顔ならヨシ君より、全然いいわ。ヨシ君はナメクジの裏側みたいな顔してるからさ。でも、エッチならヨシ君のほうが、断然凄かった。」

『マサヒロ先輩ともしたの?』

驚いている私に咲はペロリと舌を出してみせた。

からん、とアイスコーヒーの氷が音を立てた。



「ヨシ君に会わせてあげるよ。会いたいでしょ。」
咲からそう言われた私は、迷い無くオーケーをした。
人様の恋愛にとやかく口を出すつもりはない。しかし、咲の恋愛は絶対に間違っている。
ヨシ君とやらに直接会って、咲とは、もう別れるように言ってやる。そして、咲にも、現実というものを、その薄汚れた染み付きパンツの染みみたいな色の化粧した顔面に叩きつけてやろう、そう考えていた。


ヨシ君の家は、咲の家の目と鼻の先にあるアパートであった。
そのアパートはとても異質で、前々から不気味だと思っていたのだ。

真っ黒に塗装された外壁に、新庄剛志がデザインされてた頃のモーニングサーブの袋が、大量に画鋲で止められており、同じく真っ黒なドアの全てにスプレーでデカデカと「E.YAZAWA」と書かれていた。

刃牙ハウスの方がストレートな罵詈雑言の分、まだ耐えらるんじゃないかと思うほどに、このアパートからは狂喜を感じた。
これは悪意なのか、善意なのか、不幸なのか、幸福なのかも判断がつかない。

「ここ、『コーポ乱れ桜』。072号室にヨシ君は住んでるの。行こう。」

イカれている。072号室なんて、いくらなんでも幼稚でカス過ぎる。
やっぱり、咲には早めに目を覚ましてもらったほうがいい、なんてことをぼんやりと考えながら、アパートの階段を昇る咲の後ろ姿を見て、私は息が飲んだ。

咲の股がグッショリと濡れ、染みが出来ているのだ。
私は、暫く呼吸を忘れ、どんどん広がる股の染みを凝視していた。

「ほら、着いた。ここだよ。この中にヨシ君は、おる。」

咲の声にハッと我に返り、目の前を見ると、そこには「072」の表札と、例によってデカデカと書かれた矢沢のソレがあった。

よく見ると咲は既に興奮状態にあり、息を
荒げ、顔は真っ赤に熟した林檎のようであった。

咲は躊躇も無しに勢いよくドアノブを回した。
鍵はかかっておらず、バーンと勢いよく開かれたドア、それと同時に強烈な臭気が鼻をついた。

「ヨシ君」

咲が叫ぶと、暗闇の向こう側に大きな影が蠢いた。
その影がゆっくりこちらに向かってくると、私は再び息を飲んだ。

その体躯の凄まじいこと。身長は二メートルに届きそうな程に高く、腹がだらしなく垂れ下がっている巨漢であった。

エロマンガだ。
これは、エロマンガに出てくる下劣漢の体型だ。

先ほどの臭気はこの下劣漢から放たれていたことがわかった。
鼻がひんまがりそうな程に強烈な匂いが襲う。

しかし、咲は靴を脱ぎ捨てると、下劣漢の元に一直線に駆け出した。
そして、足元までたどり着くなり、服を全て脱ぎ捨て、生まれたままの姿となり、下劣漢に対して懇願したのだ。

「どうか、どうか、わたくしめに、『釣りバカ日誌の合体シーン』みたいに『合体のロゴ』を、くだはいっ」

その言葉を黙って聞いていた下劣漢の身体に異変が起きたのを私は見逃さなかった。
ゆっくりと、腹の肉が持ち上がっていくのだ。
それは、腹の肉で見えなかったペニスが勃起したことで、自らの肉をリフトアップしているものであった。

隆起したペニスに腹の肉が乗っている、一見するとトルコ辺りの郷土料理っぽい見た目のそれを(トルコに謝れ)、咲はトロンとした表情で見つめていた。

すると突然、下劣漢は獣のような雄叫びを上げた。

「やあやあ、我こそは、女壊してなんぼの東洋の怪物、日吉 定吉と申す。生まれは肥後の国、父と母の深い愛を受け、この強靭な肉体を手に入れた。この日吉、本当は、公務員になりたかった。この日吉、実は『ごきげんよう』の観覧ゲストに当選したことがある。
これらのことから解る通り、すごく真面目、そして、ちょっぴり強運⭐️
今日も今日とて、一日がんばりまっしょい。フォロワーのみんな、いっくよー。
目覚ましじゃんけん、アーユーレディー。
目覚ましじゃんけん、じゃんけんぽん。(MAN WITH A MISSIONのどれかが担当)グーを、出した貴方は、死後、裁きを受ける。
そーれ、ミルモでぽん。」

下劣漢は私から目を逸らさずに一息に言い切った。言い終わると「ちょっと噛んじゃったかな。」と、少し照れながら小声で呟いていた。
生真面目。


アパートから出ると小雨がぱらついていた。
下劣漢と咲は仲良く殺した。
首を持参した糸鋸で切り落とした。
肉に歯が埋まるニュプニュプとした感触と、骨にガツンと当たった感触が、私のシナプスを刺激する。今なら正直に人を愛することができそうだ。ピース。ピース。
切り落としたヨシ君の顔を見て思った。
コイツ、ナメクジの裏側顔の中では立派な竹野内豊だわ。


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