あなたに会いにまた行くよ
目が合った、と思った。確かに私はあの時、あなたと目が合った。
そう思った途端、ほんのわずかに彼の目の奥がちろちろと揺れた。
あっという間に顔を背け、台の上から降りて行ってしまった。
後ろ姿はボロボロのマントを羽織ったおじさんのよう。
繊細に変化する表情。丸い背中の佇まい。持て余しているような長い指。
拗ねているようにも照れているようにも見える突き出した口周り。
ちょっと寂しげ。愛おしい。
心を射抜かれた。
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多摩動物公園に行ってきた。３連休の最終日、多摩モノレールにはたくさんの親子連れが乗っていて賑やかだった。
上野動物園には何度も行ったことがある。パンダには長蛇の列。天気の良い土日祝日は人が多く、人気の動物はゆっくり見られず流れに沿って歩を進めるイメージだ。
しかし多摩動物公園はちょっと違う。なんせ動物園ではなく動物公園。とにかく広い。そしてアップダウンが多い。調べたら上野動物園の約４倍の広さ。
この日は風が強く晴天。ダウンにマフラーで完全武装。広い園内を歩き回った。
動物たちの静かな生活を見て回る。
コアラはぬいぐるみのようにふわふわしていて、ライオンはでかい。
フクロウは意外と大きく心を閉ざして見えたし、ワシは気高く威圧的で豪快に感じた。キリンの舌は何度見ても黒さと長さにギョッとするし、タスマニアデビルの名前はやっぱり気の毒に思う。デビルって、さあ。
どの動物も思った以上に近くで見られ、広さのせいかどのエリアもほとんど待たずにすんだ。園内はトイレの数も多く、ベンチや椅子も十分に設けられている。
来園していたちびっこたちは、思う存分に走り回っているように見えたし、大きな声を出しても広大な敷地がそれを吸収してしまうのかそんなに気にならない。開放的な空間。
私もたくさん笑った。
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動物園に憧れを持っていた。江國香織の小説に登場した雨の動物園の描写が好きだった（なんという小説だったかは思い出せない。エッセイか？私の本棚には恐らくない）。江國香織が影響してか動物園に、ロマンチックで静か、穏やかな印象を持っていた。実際に行くと、臭いはするし、お通じは結構目につくし、動物の餌は生々しいものも多い。それでも、上京後、夫と二人たまに足が向かう場所だ。仕事に疲れた時、イライラすることが多い時、動物に会いたくなる。
アニマルセラピーという言葉にはちょっと苦手意識があるのだが、事実、動物を眺めていると心が落ち着く。
ゾウは土管のようなものを鼻で持ち上げては投げる遊びをし、モウコノウマは後ろ足で仲間を蹴飛ばし戯れていた。狼は時々こちらを観察し、すかしたように闊歩していた（かっこいいのなんのって！）し、カワウソは得意げに泳ぎを披露していた。
そんな中で、私がまた会いたいのはオランウータンだ。冒頭に登場した目が合った（と思う！）彼。こちらに興味がないのか冷めているのか、恥ずかしいのか伺っているのか。明らかにこちら（お客さん）を意識しているのに。なんかつれない。オランウータンは写真のように顔の周りにひだがあるのがオス。ないのがメス。私と目が合った彼は、なんだか寂しそうに見えたし、一人が好きそうにも見えた。
わかっている。動物に対して人間が勝手に抱いている印象だ。それでも、確かに目が合った私は、彼からそういう雰囲気を感じた。この感覚を信じなくてどうする。
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多摩動物公園でお昼を食べた。持参のサンドウィッチが少しあったので、夫とラーメンを分け合った。他の人が食べているのを見てつられた。寒い時は温かいスープが飲みたくなる。
私の好物だから。
写真には写っていないが、お麩も入っていてこれがとてもおいしかった。
ラーメンにお麩っていいね。麺はソフト麺のような柔らかさでちぢれ麺。めんまも美味しくて満足した。
落ち込んでいるの？疲れたの？
近い。
３連休はあっという間に終わった。
今日は主治医からの電話を待っている。
治療方針が決まる日だ。朝から若干憂鬱な気持ちで携帯電話を時折見つめる。
頭によぎるのは、オランウータンの彼の俯いた顔、まあるい背中、フリンジのような毛並み。愛おしい佇まい。ちょっとだけ、力が湧いてくる。
電話は鳴らない。もう夕方。
これを書いている図書館内のカフェは、あまーいパンケーキの匂いが漂っている。電話が来るまでの時間を急に意識し始める。胸がどきどきしてくる。嫌などきどき。
スーパーに寄って帰ろう。切り干し大根を煮付けよう。美味しい湯気を浴びてオランウータンに思いを馳せよう。ジタバタしてもどうしようもないのだから。