ふらふらしながら歩いていた。足がなんだかふらつくのだ。 足元に気を取られていたら、長身の紳士にぶつかりそうになり、慌てて回避しながら謝罪した。 「ごめんなさい」紳士の横をすり抜けて行こうとしたら、腕を掴まれた。 「お嬢さん、ずいぶんと足元がふらついているご様子ですね」 「そうなんです。きょうはKさんが異動されて初めての日曜日なんです。Kさんは毎週日曜日になると私の職場にお掃除のために現れてくれる人だったんです。私はKさんに会うのがとても楽しみでした。ですがKさんは異動することになり、きょうからはKさんが来ない日曜日を過ごすことになりました。私は気が付いたのです。これまで何故気付かなかったのか、自分の迂闊さに腹が立っています。何を気が付いのかと申し上げれば、私を支える“杭“のようなものが123本あるとして、そのうちの1本は確実にKさんでした。そのことにKさんが現れなくなって気が付いたのです。ですから、歩く時に足元がふらついているのだと思います」一気に話した。
紳士は黙って手にしているアタッシュケースを開け、中から1本取り出して私に渡した。 「お嬢さん、これを貴女の123本の杭のようなもののうちの新しい1本にしたらどうかと思いますよ」 私は言った。 「ちゃんと聴いてくださってましたか?Kさんがいらしたから123本だったのです。ですから今は122本なんです。貴方が私に渡そうとなさるそれを入れて123本になるのですわ」 「わからないお嬢さんだなあ。私はきちんと伺ってましたよ。これを足して123本ですよ、ですがこれは新しい1本になる、ことを提案しているのです」紳士は少し早口になっていた。私は思い出した。祖父の言葉を「途中から早口になる人には気を付けた方がいいからね」