種明かし

 とあるカジノのステージ上でマジシャンがマジック披露しようとしている。
「さあ、今夜もやってまいりました。オールオアナッシング!ルールは簡単、私がこれから行うマジックの種を明かして私に証明してみてください。見事証明できたならば掛け金の100倍をお支払いしますよ!」
 今回は古典的なカードあてマジックだった。マジシャンが無作為に選んだ客(妙齢の女性だった)にステージ上に上がってもらう。そして女性に見えるようにカードの山を素早くめくっていく中から一つカードを覚えてもらいそれを当てるという。そうして山札をめくる。52枚のカードが流れていくのに1秒もかからないような高速で。さすがに今のでは早すぎた、と今度は先ほどよりもやや遅くめくりそのなかで一枚のカードを覚えてもらいそのカードが何かを当てる、という。
 極めて単純、しかしそれゆえに難解だった。しかもショーのタイトル通り現在持っているチップ全てを賭けなければいけない。不定期に開催されるこのショーは内容も多彩だ。たしか前回はディーラーとのスロット対決だったような。これが昔なら高額チップの2、3枚をどこかに隠したりできたんだろうが今やチップも電子決済だ。すべてがモニタリングされている。まあ今日はそれなりの成果があったし今回も降りるしかないかな。そう思いラウンジに向かおうとすると
 「どうしよう、人前に出るのはなぁ・・」
 か細い声。熱気が渦巻いているこの場には決して似合わない覇気のない声。それが耳に届いたのは奇跡のようだった。ラウンジに向かおうとした足は再びショーの方を向いていた。そして先ほどいた位置からやや離れて覇気のない男の近くに陣取った。男は独り言を言っている自覚もないのか変わらずぼそぼそと何事かつぶやいている。思い切って声をかけてみる。
 「よう兄弟。あのマジックの種がわかったかい?」
 相手は見るからに気弱そうなやつだ。最初にちょっと小突いてやるだけで主導権を握れるだろう。
 「え、あ、いやまぁ、なんとなく」
 「それはすごいな!ならさっさと幸運を掴んできなよ。何人か行ったみたいだがぜんぜんダメみたいだしな。」
 「いや、でも当たってるかどうかはわからないですし」
 「それじゃあ、練習てことで俺に耳打ちしてみなよ。」
 「それじゃあ、」
 まさか、ここまで世間知らずとは。適当にごねて手柄を横取りするつもりだったが世の中いろんな奴がいるもんだ。おおかた、観光かビジネスの息抜きに寄っただけで土産話として少額負けた話を持って帰りたいだけで、心臓が跳ねるような勝負をするつもりは元からないのだろう。なら観光客は観光客のままで自分はギャンブラーとしての生き方を魅せてやるか。そっちの方がこの男にとってもいい土産になるだろう。そして自分は莫大な金額を儲けることができる。
 「なるほど。ありがとな。」
 そうして、ステージに向かって一直線に速足で向かっていく。気弱そうな男が何事か非難の言葉を浴びせていたような気がするが構わない。ステージに上りマジシャンに相対する。
 「さぁ、新たな挑戦者が来てくださいました。それでは私の先ほどのマジックの種をお教えください。」
 大仰なしぐさだ。まぁ遠目から見るからそれくらいしないとダメなんだろう。
 「ああ。まず、当たり前のことを言うがそのトランプにも数字を当てられたご婦人にもなにもトリックは仕掛けられていない。あんたは、カードをめくるときほんのわずかだが当てたい数字の時にめくるスピードを緩めた。ほかの数字が同じリズムで流れていくのに一つだけ違うリズムのやつがあればそれは強烈に印象に残る。そして先ほどのでは早すぎたと言いもう一度当てたい数字のときにスピードを緩めて更に印象付けたんだ。これがさっきのトリックだ。」
 「なるほど!素晴らしい!」
 これは、いっただろう。今までの客は今の説明の時点で違うとして帰らされていたのだから。
 「さぁ、それでは証明していただきしょう!」
 「証明?なんのことだ。」
 「ですから、あなたの言うトリックが実際に可能かどうかの証明ですよ。」
 「ふざけるな。俺は素人なんだぞ。あんたが努力して身に着けた技術を簡単に俺が再現できるわけはないだろう。」
 「ええ、それならば、観客は観客らしく素晴らしい技術やアイデアには賞賛を。見るに堪えないものには罵声を浴びせればいいのに。しかし、ここはステージ。そしてあなたは上がってきてしまった。それならばやることは一つですよね?」
 観客席を見る。ステージに向かってスポットライトを照らすものだからこちらからでは観客席は闇とほぼ同化してしまっている。そのなかにまだいるのだろうか。手柄を横取りしたと意気揚々だったギャンブラーが結果のわかりきったマジックに挑戦し無様な姿をさらすことを特上の土産として持ち帰るあいつが。

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