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モラトリアムの素敵自助ライフ♪ .*

弱いことは迷惑をかけること、そう思うと強くならなくてはと思う。常に存在が耐えられないほどに軽い自分を責めているという、その一点だけで自分を肯定していた気がする。

これまでのぐにゃぐにゃの発達過程で、
みんながとっくに理解していてできているように見えることを、この歳でまた一から自分で学び直す必要があることに絶望していた。
そしてこうして改めて、休職という学び直しの場を設けてもらうということは、情けなく恥ずかしいと思った。

わたしは苦手なことが多くて、周りの人のカバーによって生かされているので、辛気臭くなく謙虚に見える生き方のジャストポイントをずっと模索している。誰かに寄りかかることも、ひとりでまっすぐに立つことも難しくて誰かといても孤独を感じる。

この間、ずっと気になっていた韓国映画「子猫をお願い」(2001)を観ることができた。
眩しい高校時代を共に過ごした高校の同級生5人それぞれが家族や社会からの疎外感と戦いながら、不安な気持ちと折り合いをつけようと懸命に生きる。現実と戦う中でかつて仲の良かった友人とも少しずつ疎遠になる。心の自由を得るために安定した生活を供給してくれる家族と縁を切り旅に出る。
何も失わず全てを手に入れて前に進むことなんて誰にもできないんだと、最後のシーンの"good bye"を観て思う。ここじゃないどこかに行きたいなら、それだけの強さが必要だ。いつまでも何かに寄りかかっているような湿りのある甘えを心から叩き出さないと、と思った。

最近の楽しみは、育てている植物の変化、朝コーヒーを飲むこと、短歌をつくること、前髪をパッツンに切り揃えること、コンビニでポケモンカードのパックを見つけたら買うこと、ダイアンのラジオを聴くこと、などなど。今こうして並べてみると無意識の内にただひたすらに忘我できることに取り組んでいる。

心がぎゅうぎゅうに苦しくて行き場のない時は、もうすぐ何かが変わる時だって、そういう風に言ってくれた人がいて。最近は心を単純にしなくても、錯綜する複雑な心を抱えていていいんだって思えるようになったよ。わたしはもうすぐ大人になれるんだろうか。大人になったら見える世界もきらきらになるのかな。

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