スラムの灯~スゥォード・ナヴァリの生涯 第一話「スラムの灯」
「ねえ、貴方って、あれに、似てるわ」
「え・・・あれって?」
「ランサムに行ったことある?」
「ないですよ」
「ランサムの礼拝堂の天井に、天使の絵があるの。あの天使みたい」
「へえ、そうなんですか」
よく解らないけど・・・その話、行く先々で、よく聞くんだけど・・・
「・・・本当に、綺麗な顔してるのね。ミツルギって・・・うふふふ・・・顔は女の子みたいなのにね、・・・優秀だわ、本当に・・・」
「んー、・・・ああ、そろそろ、いいですか?夕景が、いい感じの頃だから・・・」
「あー、また、写真ね。解ったわ、・・・じゃあ、これ、はい」
「あ、いいんですか・・・いつも、すみません」
中産階級の小金持ちの家で、庭師の口を見つけた。本当に、庭師として働く心算で行ったんだけど・・・。旦那は、デパートを経営していて、仕事でいつも忙しい。病気で亡くなった先妻の後、若い後妻を迎えた家だ。庭の薔薇が美しい。だから、気に入ったし、庭造りを本気でやっていた。咲き誇ったら、写真を撮らせてもらう約束だったのだが。いや、確かに、庭師をやっているのは、間違えないんだけど・・・午前中は。
「ミツルギ、これはね、お小遣い、とっておいて。本当はね、主人に頼んで、最新式のカメラを・・・とも思ってるんだけど、まあ、理由がね、難しいでしょ。でも、お金ならね、お足だから。名前も書いてないし、誰が、いくら、持ってても、文句は言われないでしょ?」
正午になると、奥様に呼ばれて、昼食を、庭の奥の東屋で、ご一緒する。そのまま、夕方まで。
草の臭いの豊かな、青い芝の上、贅沢なピクニックにお付き合いする。これが、週に2回の俺の「お仕事」だった。その度に、奥様は、こうやって、お小遣いを下さる。これは、お給金とは別だ。お蔭様で、新しいカメラを手に入れるのは、目の前だ。
最近、一番好きなのが、ここから見る風景だ。この第三層の丘から見降ろす、二階層下のスラムの灯が、点々と灯り始める頃、ウミヴィ砂漠からの風に乗ってきた、砂塵混じりの淀んだ空気は、綺麗なオレンジ色に輝く。刻々と、それは変わり行き、不思議な色合いに輝く。これを、写真に収めたい。これは、同時刻で撮ったとしても、季節で、微妙に、色合いが変わる。しかも、日の暮れに合わせて、紫を帯び、・・・この国の色々な嫌な部分を、魔法をかけ、誤魔化すかのように、この美しい夕景が現れる。
この頃の俺は、そんな風に、風景写真の撮影に明け暮れていた。家もまあ、第三層で、代々、ガラス細工加工の職人をしていて、そっちも嫌いじゃなかったが、あまり、儲けが見込まれない。何度か、綺麗な写真をコンテストに出したら、賞金をもらった。そうやって、時々、家にも、金を入れていたし、カメラやフィルムを買ったりした。そのうちに、俺の写真を気に入ってくれる人がいるというので、請われて、写真館を開いたが、人を撮るのは、頼まれた日だけで、後は、風景を撮りに出た。まあまあ、収入もあった。この頃には、庭師などの拾い仕事は辞めていたが、まだ、時々、奥様方には誘われる。その時だけは、また、帰りに紙幣を頂いた。そろそろ、いいかな、こんなことは・・・。
スメラギは、階級で居留が制限されている為、行ける場所が限られているが、俺は中産階級の第三層の生まれだったので、工場地帯や、穀倉地帯の第四層と、その下のスラムと呼ばれる第五層には行くことができた。まぁ、スラムには、普通、喜んでいく者はいない。しかし、たまに、海の写真を撮りたくて、スラムを経由して、出かけることがあった。すると、撮影の合間に食べようとしていた、小さなリンゴや、トウモロコシや、サンドイッチは、いつの間にか消えていた。スラムの子どもたちが、それを盗んで、取っていくのだ。最初は、驚いたが、その後は、多めに持っていってやった。いくらかの子どもたちと、顔見知りになり、多少、仲良くなった。スラムには、水道の完備すらされていない。あっても、井戸という感じらしい。風呂がある家は少ないらしい。夏場は、メイル川の支流で、人々は身体を洗って、洗濯をして、という姿が見られたが。
人の写真は、第三層から上のもので、記念写真が相場だ。その実、他は、国で禁止されている。以前、スラムの人々の写真を撮った写真家が、軍に捕らえられ、そのまま、戻ってこなかったという。『気を付けなさい』と母から言われていた。カメラは隠して、スラムを通り過ぎ、海へ向かった。素国との国境を警備する軍人が、目を光らせている。やはり、そんな危険を冒してまで、撮影するのも上手くないと解り、そろそろ、止めなければと思っていた所だった。
若い頃は、そんな感じに過ごしていた。
つづく