御相伴衆~Escorts 第一章 第六十五話隣国の王子編 バルコニーでの約束②
一方、アーギュ王子と、女美架姫は、バルコニーで、少しずつ、話を始めていた。夜半になり、星空が瞬いている。暁たちは、予め、ライティングを設えていた。テーブルの上にも、可愛らしい設えで、蝋燭が備えられている。
「突然のことで、びっくりなさったのではないですか?」
背の低い三の姫に、王子は、少し屈んで、話しかけた。
「えっと、・・・はい、なんか、色々、解らなくて、ああ、ごめんなさい。どうしたら、いいのかしら。失礼なこと、言ったり、やってしまったら、ごめんなさい」
王子は、そんな、三の姫の様子を、クスクスと微笑ながら、見下している。
「大丈夫ですよ。貴女は、そのまま、もし、僕にお話したいことがあったら、言ってくだされば、よろしいのです。特になければ、そのままで、結構ですよ。・・・とにかく、あの可愛らしい、イチゴのデザートプレートを頂きませんか?」
「はい・・・」
「どうぞ、お掛けください」
王子がまた、恭しく、椅子を引くと、姫は、ドレスを抓んで、小さく会釈し、腰かけた。
優しい笑顔で、王子は、その姫の様子を見ている。
「本当に、可愛らしい方ですね。姫は」
褒められて、緊張しているのか、三の姫は、真っ赤になってしまった。
中では、何やら、慈朗が紙を持って、皆の中心にいる様子が見えた。絵を見せてるのだと解った。
「中が、気になりますか?」
「いえ、大丈夫です」
「まず、なんで、二人きりにされてるか、ご理解されてらっしゃいますか?」
「えーと、・・・お話相手を、ということで」
三の姫は、戸惑いながら、王子の質問に答えた。
「まあ、そうですね。・・・そのような所から、ということでしょうか・・・姫は、16歳になられた所だそうですね。学校は楽しいですか?」
「はい、あの、あそこにいる、えーと、側近の者たちと一緒に通学しています」
「僕なんかは、彼らより、年上で、そうですね。若い教師ぐらいな感じがしませんか?」
「・・・あ、そうですね。先生みたいです。柚葉に似てらっしゃいます」
「はあ、柚葉殿・・・そうかもしれませんね。動きとか、話し方とかね」
「髪の色は、数馬と同じぐらい綺麗です」
「そう、・・・貴女は、数馬殿が、大好きなんですね」
「え?あ、・・・その・・・」
すると、クスクスと笑いながら、王子は、何故か、半分、照れたような顔つきで、三の姫に応えた。
「隠せませんね。とても、可愛いです。そんなに頬を染められて・・・実は、僕は、25歳です。今年26歳になりますから、貴女より、10歳も年上なんですよ」
「そうですね。側近の男の子たちより、お兄さんですね」
「おじさんでなくて、良かった・・・今ね、大人の方たちの目論見を、貴女にお話ししようかどうか、悩んでる所です」
「目論見?・・・あ、あと、おじさんではないですよ」
「ふふふ、ありがとうございます。そう、目論見、悪巧みかもしれませんね。どうしようかな?」
「えっ?悪いことなんですか?」
ここまでの会話で、表情がコロコロと変わる、三の姫に、王子は笑顔が隠せずにいる。
さて、どのように、今の状態をご説明したらよいかな・・・。
「うーん、誰かにとって、良いことでも、誰かにとっては、本意ではない、ということ、世の中には、よくありますからね」
「・・・難しいのですね」
「そうですね。とても、難しいのです。今回のお話は、僕としては、良いお話だと、確信してるのですが・・・まあ、早過ぎるのではないかな・・・。あと、5年後ぐらいに、まだ、チャンスがあればね、と思います」
「えっと、・・・ごめんなさい。姫、頭、あんまり、良くないと言われますから、難しいお話をなさっても、解らなくて」
これは、まさか、本当に、・・・そのいわゆる、天然というのか・・・
それとも・・・?
「本当ですか?わざと、そうしてるのではないのですか?」
「え・・・」
「今、私についてくることはできないでしょう?数馬殿の側を離れて・・・」
「え・・・あ・・・」
王子は、口元に人差し指を立て、静まるように合図しながら、急ぎ、懐から、ハンカチを取り出しだ。いきなりの言葉に驚き、流れを察知した、女美架姫の、零れる寸前の涙を拭った。
「いいですか。申し訳ないのだけれど、涙は堪えてください。貴女が泣いたら、大袈裟に言いますが、ランサムとスメラギは戦争状態に入ってしまいますから、ここは、何を聞いても、ニッコリされてください。イチゴ、お好きなのですか?」
姫は、コクリと頷いた。
「この向きならば、今の貴女の表情は、中の皆さんには見えませんから、どうか、泣き止んでくださいね。側近の方々を、これ以上、心配させてはいけません。このプレート、とても可愛くて、貴女の様です。とても気に入りました。一緒に頂きましょう」
「はい・・・」
堪えながらでも、イチゴを食べ始める三の姫に、王子は、温かい眼差しを向ける。
実は、アーギュ王子は、この皇宮について間もなくより、三の姫に、惹かれ始めていた。
素直で、純粋で可愛らしい。今日日、珍しい程の可憐さだ。しかも、この子は今、初恋に目覚めて、輝き出している。そもそもの王室の奥向きの話で、数馬との関係の想像は付く。ならば、今ではない。
「いいですか。先程のお話の意味は、解りますか?はっきり、申し上げます。スメラギ皇帝、つまりは、貴女のお父様から、貴女のランサム王国への御輿入れのお話を頂いております。意味わかりますか?つまり、貴女が私の元に嫁ぎ、私の妃になるというお話です」
「え・・・?」
三の姫は、なんとなく、ここまでの話で、流れが解っていたものの、ハッキリと言われて、改めて、王子の顔を見た。
「泣かないで、聞けますね?ここからが大事です。このお話は、ひとまず、『保留』という形を取ります。わかりますか?」
「『保留』、って、あの、お休みみたいな」
「そう、ですね。一旦、止める。無くすのではなくて、止めるんです。無くしてしまうことは、私達個人だけの話ではないので、そう簡単には、できないんです。今は、しませんが、後で、もう1回、考えていく、ということです。ここまで、大丈夫ですか?」
「はい、・・・今は、結婚のお話は保留?」
素直なお方だ。よくお話を聴いておられる上に。
アーギュ王子は、頷きながら、応える。
「その通りです。賢いですね。いいですよ。理由は、貴女がまだ、ハイスクールもお出になってらっしゃらない程、お若すぎる、ということが一つですね。大昔なら、いざ知らず、しかし、これは、今流ではありませんよ。中には、この段階で、お互いが気にいれば、婚約、という運びになります。この状態には、今、なれないことが解りましたので、保留です」
「えっと・・・はい・・・」
三の姫は、あまりの話に、頭がぼんやりとしてしまい、何とか、返事をしている様子だった。
「大丈夫ですか?お解りになりましたか?」
「保留・・・ですね」
「これは、私から、皇帝陛下にお伝え致します。そして、この保留の、本当の意味ですが、これは、私も誰にも申しません。なので、貴女も誰にも言わないで頂きたいのですが」
「・・・はい」
アーギュ王子は、姿勢を正した。
「正直、申し上げます。私は、貴女に是非、ランサムに来て頂きたいと思いました。実は、他国からも、申し入れがいくつか、既に来ており、そのお姫様方と、お会い致しました。しかしながら、ご丁重にお断り致しました。私にも好みがありますし、色々と政情の問題も絡んでおりますので」
「それは、女美架のこと、いえ、私のことを」
「そうですね。恥ずかしいですが、大人の私が、可愛らしい貴女に、惹かれてしまいました」
「『恋物』みたい・・・」
「『こいもの』というのは?」
三の姫は、自分のよく知るこの単語の出現で、不思議と落ち着きを取り戻した。
「お話の本です。スメラギの女の子たちの読む、恋物語の本なので、『恋物』というのです」
「成程・・・、そういうものがお好きな時期なんですね。ふーん。じゃあ、貴女は、その『恋物』の主人公とします。今、本当に好きな男性がいます。なのに、うんと年上の男性から、結婚を申し込まれてしまいました。貴女は、どうしますか?」
「困ります・・・」
「そうですか。困ってくださるのですね?お断り、されるのではないですね?」
「え、あ・・・」
「ならば、やはり、『保留』です。私は、貴女が好きですが、貴女には、今、大好きな年相応の素敵な彼がいます。そして、私が現れて、困っているわけですから、回答を後伸ばしにする、というご提案です」
「・・・それは、それぞれの国が戦争しなくていい方法ですね?」
「大袈裟に言いました。戦争まではいきませんが・・・、ただ心象が悪くなってしまうことにより、折角、仲良くなった国同士が、上手く行かなくなることもあります。私と貴女のことは、市井の人たちの結婚とは違うこと、わかりますよね?」
「はい・・・」
王子は、微笑んで、三の姫の手を取った。
「あと、私が拘っているのは、貴女の意志を無視して、物事が進むことです。現に、側近の皆様は、今日、私がここに来る意味を、貴女にお話して頂いてないわけですから。正直申し上げると、酷いお話になります。でも、責めてはいけません。これも、長い目でみれば、貴女の為、そして、スメラギ皇国の為を考えてです。泣かないでくださいね。先程、彼が、私と貴女の間に入っていた時、スッと、その場を去られたでしょう?彼は、貴女の幸せを一番、願って、そのような行動をとられたのだと、すぐに、わかりましたよ」
「・・・そんな・・・、数馬のこと、言われると無理です。涙が出ます」
「・・・負けました。今はです。5年待ちます。それまで、私は、独り身を通します。いずれ、貴女が、21歳になられる頃には、周囲の状況は、必ず、変わってくる筈です。時は移り変わるのです。そして、貴女のお気持ちも、今のままではないと思います。私は待ちますから。これは、内々で、聞き入れて頂きたいことです。二人だけの秘密です」
この年頃の娘の心を捉える言葉を繰り出す・・・、自分は随分、狡いのだと、王子は自覚している。
「わかりました。えーと、結婚のお話は『保留』。でも、アーギュ王子は、女美架が21歳になるまで、このお話を待ってくれる、ということですね。そして、このことは、二人だけの秘密、なんですね?」
「そうです。何故ならば、婚約ではないからです。保留だからです。秘密にしなければ、それならば、押しきれとばかりに、周囲は貴女を無視して、外堀を埋めてきます。つまり、勝手にまた、今日のように、お膳立てをして、進めてしまう、ということになりかねませんから」
「あの、王子は、王子のお父様やお母様から、怒られないんですか?」
「あ、はい、怒られませんよ。私は、大人で、自分の事を、自分の意志で決めることになっているのですから」
「良かったあ。ならばいいです」
王子は、そんな三の姫の受け答えに、驚きながら、微笑んだ。
「あはは・・・、そんな感じなんですか・・・。そう、私は、片思いのまま、貴女を強引にランサムに連れてくることはできません。貴女を困らせることはできないのです。貴女のことを、大事に考えているからです」
「ごめんなさい。ゆっくり考えます・・・」
この時には、三の姫は、いつもの天真爛漫さで、王子に受け答えをすることが出来ていた。
「そうですか。5年と申し上げましたが、期間が早まるのは、構いませんよ」
「・・・そんなに」
「はい」
「女美架のこと、好きになってくださったの?」
「参りましたね。そんなこと、ハッキリと、お尋ねになるんですね。そうですよ。大人の癖に、まだ、年若い貴女のことを、可愛いと思っているんですよ」
「・・・」
狡い。大人だからね。困らせたくないといいつつ、こんな受け応えをする。それが大人です。
「保留中ではありますが、何かにつけて、私は貴女に存在をアピールはさせて貰います。忘れられてしまっては、困るからです。普通の市井のカップルでも、結婚まで、時間をかける方達は、沢山いますからね」
「・・・結婚のこととは、関係なしに、ランサムの美術館に行きたい、というのは、我儘ですか?」
ちょっと、もじもじして、姫は、動きを留める。
「当然、それは嬉しい限りです。どんな名目でも、私は貴女にお会いしたいので、大歓迎です」
「その時は、お友達みたいにして貰っても、いいですか?我儘ですけど」
「いいですよ。お友達から、と、よく市井の方も言いますよね」
「良かったあ。その時は、絵の好きな慈朗や、柚葉や・・・あと、数馬も、一緒でもいいですか?」
「いいですよ。実現できれば、いいですね」
「ホッとしました。あと、姫は、いえ、私は、この後、皆の前でどうしたらいいですか?」
「何も言わずに、普通にしてくださいね。泣いたら、ダメです。皆が余計な心配をします」
「わかりました。王子様が、優しい、いい方で良かったです」
「ありがとうございます。今は、その言葉で充分ですよ。私もこちら、頂いてもよろしいですか?」
「ええ、勿論」
三の姫は、王子に、スプーンを渡した。
「姫。・・・ああ、イチゴのこれ、ムース、とても、美味しいですね」
「暁と月が、ああ、女官なのですが、御菓子作りが上手で、姫は教わっています」
「機会があったら、頂きたいものですね」
「あ、じゃあ、この後、クッキーを焼きますから、明日はまだ、いらっしゃいますか?」
「おりますよ。朝食会があると聞いておりますから、そこでお会いできると思いますよ」
「じゃあ、塩と砂糖、間違えないように頑張ります」
クスクスと王子は、姫を見て、笑った。確かに、年齢よりは、幼い感じがするけれども、純真無垢で可愛らしい方だと、つくづく思っていた。
「そろそろ、中に戻りましょうか。皆様がお待ちです」
「すぐ聞かれるのかな?結婚するとかのお返事について」
「すぐには、聞かれませんよ。いいですか。貴女は、今日の周りの目論見を知らないのですから、知らんぷりして、クッキーを焼く約束をしたことだけ、言ってください。今日は、それで大丈夫です。後は、私に任せてください」
「解りました。ありがとうございます」
「では、お部屋へ、戻りましょうか」
~つづく~
みとぎやのメンバーシップ特典 第六十五話 「バルコニーでの約束②」
~隣国の王子編 御相伴衆~Escorts 第一章
この件、作者自身が好きな件です。
アーギュ王子が、どうやって、幼い女美架姫に説明するか(口説くか)なのです。
恋多き、モテ男キャラのアーギュ王子なのですが、こちらにお声がけを頂いた女性は、間違えなく、夢中になる素養の方です。
柚葉は、逆の属性なので、ゾッとしているようですが、それにしても、アーギュ王子は、華やかな経験を持っている方のようです・・・。
併せて、こちらもご覧になっておくと、良いかなと思います。
こちらは、三の姫女美架の、幼い頃の心の中です。
お読み頂きまして、ありがとうございます。
次回もお楽しみになさってください。
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