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御相伴衆~Escorts 桐藤追悼特別編 Family Editionより「Iron Rose」③ (第139話)
「ダンサーの子、頼んだ」
「おい、ちょっと、待て・・・」
俺は、ソファテーブルの席に一人、取り残されてしまった。そこへ、元のワンピース姿の彼女が戻ってきた。
「こういうの、なんていうんだっけ?」
「え?」
「残り物の福?・・・だったかしらね?」
「それは・・・東国の諺じゃないのか?」
「そう、東国の方も、たまに、お見えになるの。・・・なんか、楽しそうじゃなさそうね。あんまり、飲んでないみたいだし・・・お気に召さなくて?
「ああ、いや・・・」
「お上手ね、藍語」
「通訳官なんだ」
「そ?さっきの、寛喜大尉もそうじゃない?」
「知ってるのか?」
「彼は、何度も、ここに来てるもの。歴任なんでしょ、通訳官、彼、貴方の先輩なのね?」
「まあ、そのようだが・・・」
「藍語はお上手でも、ランサムに来るのは、初めてみたいね」
「ああ」
「ああ、歌って、踊ったら、喉が渇いたわ。着くなり、出番が来たから、ロクに頂いてないの。どうせ、お国から出るんでしょ。ここの払いは?」
「そのようだが」
「じゃあ、頂いてもいいわね?」
「あ、ああ・・・」
彼女は、薄い水割りを、自分で作って、飲み干した。
「ああ、美味しい・・・うふふ、ご馳走になるわね」
「ここでは、歌と踊りを、担当してるのか?」
「そう、ランサムは、エンタメのメッカでしょ。元々、ランサムの田舎の出身なんだけど、歌と踊り、やりたくて、出てきたのよ。まあ、今は、こんな形でしかできないけど・・・」
「そうなんだ。いずれは、じゃあ、本格的な舞台に上がるという・・・」「フェイマスロードにはね、なかなか・・・」
彼女は首を横に振った。フェイマスロードとは、世界的にも有名な役者、ダンサー、歌手、そして、一流のスタッフ陣が組んでやる、商業演劇などを扱う劇場の集まっている地域のことだ。ここから、そう遠くはない、ラウラタウンの中心の演劇街のことらしい。
「行ったの?フェイマスロード、ミュージカルとかは、観てないの?」
「いや、あまり、興味がなくて・・・あ、すまない」
「まあ、そうよねえ、ランサムに来たからって、皆が好きというわけでもないわよね。貴方の場合は、ましてや、駐留の軍人さんで、普段はお仕事でしょ。異国だものね、ここは。でも、滞在中には、楽しんでってね」
「よく聞くな、その言い方」
「皆で、エンタメ界を盛り上げよう、っていう気風は、本当に、ランサムのアーティストの共通点なのよ。芝居だけでなくて、芸術全体に力を入れてる国だから、絵描きとかの芸術家とかもね。そう、スメラギの硝子細工の作家の人も、たまに来て、個展を開いてたりもしてるのよ、ご存知?」
「そうなのか、知らなかった」
「うふふ、そんなもんよね、普通の人は」
「・・・」
「さて、いいのかしら?そろそろ、お部屋に伺っても?」
「え?」
「違ったの?」
「あ、いや・・・」
「ああ、お好みの子、先に、誰かに取られちゃったのね?ごめんねえ」
「ああ、いや、そういうことではなくて」
「一応、お手当て、頂いちゃってるのよ、貴方の先輩通訳官からね、一応、その分のお仕事はさせて頂くわ。このまま、帰ったら、怒られてしまうの」
「いや、それは・・・」
「向かいのオーシャンホテルでしょ?今夜は、上の方もあそこらしいから」
そうだった。珍しく、今夜は、領事館の宿舎から離れている。交流会ということもあり、国を離れて、羽を伸ばすということで、下の者たちも恩恵を与った、ようなことを、誰かが言っていた気がする。
致し方なく、彼女を連れて、向かいのホテルに向かう。フロントに行くと、軍服を見るなり、キーを渡された。
「最後の方ですね」
「大丈夫、いつも通り、ご案内するから」
「お願い致します」
いつも通り、って・・・?
エレベータに乗り込むと、目を合わせて、ニコリとしてきた。
「そんな、心配そうな顔して・・・、うーんと、今のかしら?」
「そう、いつも通りって・・・」
「そうよ。接待の担当だから。スメラギの軍人さんは、結構、優しいし、小柄で細やかなの、だから、その実、楽なのよねえ。・・・東国の人と同じね」
楽、って、どういう意味だろうか?
「東国からも、こんな・・・」
「うーん、あんまりないわね。なんていうのか、よく調べてきた、観光客相手よ。多少ね」
「君は・・・」
「え?・・・ああ、ダンサーで、歌い手だけど、まあ、収入の多くは、こっちかな」
「馬鹿な」
「馬鹿な、って、何?解ってて、お店に来てるんじゃなかったの?」
「いや、まあ、なんか・・・」
「はい、ここね、1308号室、ここに数日、いるんでしょ?私、観光案内もしてあげるし、ここの現地での、貴方の担当になってあげてもいいわ・・・まあ、貴方が、その他の子が良かったなら、明日、交替が可能なら、そうするけど・・・」
「いや、そういうことでは・・・」
「・・・ちょっと、早く、部屋に入れてくれないかしら?廊下で話してると、案外、響くから」
ドア前で、話し込む形になってしまっていたのに気づいた。
「あ、解った。すまない・・・えーと、どうぞ」
「失礼しまーす。ここ、結構、街の様子がよく見える部屋みたいね」
俺は、部屋のチェックに入っていた。懐から、専用の機械で、電波発信がないかのチェックをし、盗聴器、盗撮器、その他、ないか、居室、浴室、トイレまで、しっかり、ポイントを調べた。一応、何もないらしい。
「ああ・・・軍人さんって、皆、するよね。それ。すっごい、念入りに。でも、何もないでしょう?もう、戦時中でもないし、ここは、貴方の国を何とかしよう、っていう国ではないわ。それは、国王陛下直々に、スメラギの皇帝陛下に申し入れていることだって、ニュースでも、言ってたぐらいよ」
「そうなのか」
「きっと、世界では、一番、平和な国よ。開かれた王室で、国民に近い王族だからね」
市井の、歓楽街に働くダンサーという立場の若い娘が、こんなことを言う国なのだ。ランサムとは、やはり、平和と平等の国・・・。しかし、ならば、何故、彼女はこんなことをしているのだ?この現状を、国王はご存知ないのか?
「生真面目さん、でしょう?お堅いスメラギの軍人さんの典型ね。まあ、ここでは、自由に羽を伸ばして、どうせ、国に還ったら、決められた軍の関係のお嬢さんと結婚して、また、その家を継いで、って・・・世襲制なのでしょう?職業も」
「まあ、基本はそうだ。しかし、俺の家は、元々、硝子職人の家だ」
「へえ、えーと、身の上話の前に、ソファに掛けさせて貰っても、いいかしら?」
彼女は、部屋に入ってすぐの壁に、腕組みをして、立っているままだった。
「ああ、すまない。どうぞ、何か、飲み物でも・・・」
「いいわ、この部屋のどこに、何があるかは、私の方が解ってるから・・・うーん、いいわねえ。これ」
彼女は、話しながら、手早く、グラスを用意し、冷蔵庫から、氷を取り出した。まるで、自宅のような振る舞いだ。あっと言う間に、高級ウイスキーの水割りを2つ作って、テーブルに置いた。
「あ、そんな高い酒を・・・」
「いーのよ。お国から出るのでしょ?」
「しかし、」
「そう、聞いてるわ、で、貴方は、元々は、職人さんの家の子だったってことね?」
「まあ、そうだったのだが、祖父が、先の戦争で武功を上げたことにより、軍族の家として、爵位を頂いて・・・」
「まあ、そうなのね。うふふふ。で、通訳官で、頭良くて、軍人さんで、腕っぷしも良くて・・・おまけに、とっても、・・・横顔が綺麗ね」
なんだ、勝手に、持ち上げ始めた。やはり、そういう女だ。商売上手なのかもしれない。
「ねえ、お名前、教えてくださらない?」
「名前?」
「私は、美亜凛、これで通っているわ。昔の田舎の名前は捨てたの。で、貴方は」
「揮埜」
「役職は?」
「大尉だ」
「うわあ、若いのに、偉いんだあ。よっぽど、功績を上げたのね?だって、寛喜大尉と同じだものね」
武功・・・なんて。これが、初めての赴任先だし・・・。国を逃げ出すように、こちらに来たら、上の通訳の寛喜がいて・・・。俺は、実質、国内では、通訳としては、皇妃様付きの数回ぐらいの役割しか、果たしていない。
「浮かない顔しちゃって、もう・・・解ったわ。何かと訳有なのね、もう聞かない。でも、名前だけは教えて」
「だから、揮埜」
「じゃないわよ、家の名前じゃなくて、ご自分のよ。貴方を呼びたいのだけれど、解らないから、困ってるのに」
「藤護」
「書いて、ここに、スメラギの表意文字で」
俺は、自分の名前をメモに書いた。すると、その下に、彼女は、先程の自分の名前を並べて書いた。
「トーゴって、読めば、いいのね?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、貴方のこと、これから、トーゴって呼ぶことにしたから」
「あ・・・」
「ダメ?」
急に、至近距離に来て、顔を覗き込んだ。酒席でと、同じ仕草だ。
「まあ、別に構わないが・・・」
「急に畏まっちゃって、ふー、はい、もう少し、飲みましょう。うふふ、このホテルの上階の部屋は、良いお客様を泊めるの。だから、お酒もいいものがあるのよねえ。お店のより、美味しい筈よ」
「酒は、あまり・・・」
「そう、じゃあ、女は?」
「・・・」
意地悪そうに、また、顔を覗き込まれた。その実、婚約を前提に、という志芸乃派の上官の令嬢を紹介されることになっていたのを、先日、父から聞かされたが、それはもう少し、軍で、俺の立場が落ち着いた頃が良いとのことを言われた。
それは、今思えば、父は知らされていなかったが、皇妃様とのことがあるから、全てが保留にされたらしい。一度、軍の家族交流会の席で、顔を合わせたお嬢さんだった。良し悪しを決める程、話をした訳でもない。・・・どうせ、決められた通りに、そのように、なるのだろうと思った。何度か、街に出掛けたいとのお誘いを受けたが、たまたま、それも任務で叶わなかった。
「・・・いるのね、恋人、残してきてるんだ。帰ったら、結婚するのかしら?」
「いや、それは、解らない」
「ああ、いるんだ。やっぱりね」
「・・・というか、まだ、紹介されたばかりで、その人のことも解らないぐらいで」
「そうなの、じゃあ、お見合いというか、そんな感じね」
「まあ、そうなるのかもしれないが・・・だから、先の事は解らない」
「なるほどねえ・・・うふふ」
また、下から覗き込むような仕草で、俺を見ている。
「私、今夜から、ここに泊まるわ」
「えっ?」
「一応、領事館付きとは言え、今回は、視察なのでしょう?一応、女の子たち、皆、そんな感じになるみたい。しかも、ここ数日は、休暇扱いと聞いてるから、観光ガイドもしてあげるし、毎回、こんな感じよ」
「しかし」
「何?トーゴ」
「あ、いや・・・」
「いいのよ、遠慮なく、美亜凛と呼んで。じゃあ、シャワー浴びてくるわね」
何だか、よく喋って、全部、決めて行ってしまった・・・。
金の髪、金の瞳、スメラギ皇帝一族のピンクゴールドとは違う、ランサムのその色は、あざらかな金色をしている。外国人の女だが、何故か、俺の傍には、そんな感じのが、近づいてくるが・・・皇妃とは、また違った意味で、何というのか・・・。
あああ、シャワーか・・・。
窓から、市井の灯りが、いつまでも、煌々と輝いているのが見えた。深夜二時を回っても、その灯りは落ちることがなかった。まさに、眠らない街のようだ。スメラギでは考えられない環境だ。素国には行ったことはないが、恐らく、あの大国でも、ここまで華やかな感じはないだろう。
水音が、奥から、響いていた。思えば、女と付き合うなんてことはなかった。先達に連れられて、何度か、こんなことはあった。だから、知らないわけではない。
彼女もその部類の女だ。結局、また、そうなるのか。それだけの事だ、と思った。
次回「Iron Rose」④につづく
御相伴衆~Escorts 桐藤追悼特別編 Family Editionより
「Iron Rose」③ (第139話)
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