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御相伴衆~Escorts 桐藤追悼特別編 Family Editionより「Iron Rose」④ (第140話)

「はぁ・・・ねえ、お願い、喉が渇いたの」

 大きな瞳だが、少し鋭い光を放つ。切れ長というのか・・・

「なぁに・・・?そんなに、人の顔を見て、ねえ、聞いてる?そこの水割り、残ってるの」

 窓際に置いたグラスを手にとり、渡そうとすると、

「違うの、起きたくないの」

 我儘な女だ。単純にそう思ったが・・・

「飲ませて」

 ああ、そうか。


 何故か、なんとなく・・・頭がいい女だ、とも思った。

   グラスに飲みかけの酒を口に含むと、待ちかねたように、彼女は迎えに来た。干されたと思われた後も、足りないと言わんばかりにしてきた。反射的に、というのか、応えれば、そうなる。

「・・・はぁ・・・、なーんだぁ。すっごい、お堅い人だと思ってたのに、クスクス・・・」

 一度、離れて、隣に横になる。

「どういう意味だ」
「なんか、すごく前から、知ってるひとみたいで」
「・・・営業用のトークだな、それは」
「ひっどい、そんな・・・」

 表情がコロコロと変わる。ランサムの女性は、直情的で、解り易いと聞いてきたが、まさに、そんな感じが、これかもしれない。

「ねえ、私、どうだった?」
「・・・事後のアンケートか?」
「なんか、すごい、事務的じゃない?・・・それこそ」
「いや、・・・そうじゃない、すまない」

 ねた顔をする。なんか、くすぐったい感じだ。
 ついぞ、声を立てて、笑ってしまった。

「もう、酷い。笑いながら、そんなの。・・・じゃあ、それでもいいから、答えて」
「どうって・・・まあ、普通に、」
「もう、本当に、酷いっ」
「なんで、怒るんだ?」
「私、トーゴの専属になってもいい?」
「・・・どういう意味だ?」
「仕事じゃなくて、恋人にして」

 ダイレクトな物言いに驚いた。
 多分、このレベルなら、それぞれがあることだろう。
 とってつけることでもない。・・・ああ、これも、あれだ。

「それは・・・」
「ダメ、っていうんでしょ?」
「ああ、なんだ、ここまで、営業トークか。リピーター獲得の」
「もーっ」
「あ、こらっ、何するんだ」

 軽く、背中を叩かれた。その後も、身体をくすぐったりして、ふざけているのだと思ったが、途中から、泣き出した。

 綺麗な身体つきで、肩の感じが、いかにも女らしい。
 ダンスの時に、既に、そのように見ていた。

 誘いが上手いのは、職業柄の習い性なのだろうが、普通に惹き上げられた。
 ・・・可愛いと感じ始めてはいた。

IRON ROSEアイアンローズの歌のね、あの兵隊さんも、現地妻がいたんですって。結局、亡くなっちゃって。綺麗な歌だけど、現実はそうなのよね・・・それでも、いいかな。こっちにいる時だけの恋人でいいから、ダメ?」
「実際の所、こんなことがなされながら、うちの国では、正式には、認められてないんだ」
「え?」
「軍属の人間が、他国の女性との関係を持つこと自体ね。まあ、実際、バレて、罰則を受けた、ということは聞いたことはないが。建前上、スメラギ民族の血を、国の外に出したくない、という、皇帝一族のお考えらしいが、まあ、国民まで縛るのは、よく解らない。この時代になっても」
「・・・えー、そんなこと?・・・意味、解んないわね、本当に。で、ダメなの?」
「今しばらくは、ランサムにいられると思うが、恐らく、俺は、臨時の立場だから、国に戻される。多分、色々とあって、二度と国から出ることはないと思う」
「・・・もう、そうやって、嘘ついて、・・・私のこと、気に入らなかったなら、そういえばいいのよ。また、フラれるのね、私・・・」

 そうなのか、そうなのだろうな。
 これまでは、そうだったのかもしれないな。

 間違えなく、良い女の部類なのだろうが・・・。
 素直で、直情的で、そのエネルギーを、ダンスや歌に振り分けているようにすら見えた。

 顔を覗き込んでやる。先程の仕返し、というのでもないが。
 ぐずぐずと泣いている。子どものようだ。
 また、何故か、笑いが込み上げてきた。
 ・・・なんなんだろうか。この感じは・・・?

「おいで」
「・・・え、いいの?」
「いい、だから、もう、泣くな」

 無遠慮にしがみ付いてきた。
 細いが、ポールダンスに耐える為に鍛えただろう腕が、ブランケットの中で、素早く動いた。指先は、下腹を捉える。
 やっぱり、サービス過剰だ。ランサムの女って、皆、こうなのか?

「お、おい・・・また、急に・・・」
「だって、悔しい、もう、トーゴみたいに、タイプの男、初めてだもの、どうしたら、私のこと、いてくれるの?忘れないで、いてくれる?」

 そう言うと、ブランケットを取払い、かしずいてきた。必死に、喰らいつかれた感じに驚いた。彼女が上手いのは、恐らく、その習い性的なこともあるのだろうが、受ける感じに、惹き上げられた感もあった。

 My Knight・・・という言い回しを、何度も、彼女は繰り返した。他にも、恋人を呼ぶ、呼び方だ、・・・こんな言い方もあるのかと、・・・初めて聴いた。

「どう?・・・ダメ?」

 全く、なんて、大胆で、明け透けな女なんだろう。

「私なんて、この身体しか持ってないもの。歌もダンスも、この身体で、好きな人に対するのだって、これしかないもの・・・」
「・・・だったら、それで、・・・いいんじゃないのか?」


 この後、ひと月も経たない内に、揮埜キリヤに、スメラギへの帰国命令が下る。

 第二皇妃が、業を煮やした。志芸乃シギノ派の揮埜自身は、亥虞流イグル派の中、アウェイであった筈が、現地では、さいなまれることはなかった。しかし、彼の帰国後、暫く、美亜凛ミアリンは、特務局の別の者に監視されていた。寛喜大尉は、店に言って、彼女に客引きをさせないようにと、裏金を店主に渡していた。この間、彼女は、店で、歌とダンスだけの勤めをした。

 当局側の目算通りというのか、彼女の妊娠が発覚したのは、その数か月後だった。彼女は、スメラギ領事館に勤めることになった。勤めていたクラブを辞め、これまでの数倍の報酬で、領事館の事務職に就いた。これを誘導したのが、また、寛喜大尉だった。

「揮埜が、また赴任してくる。内部にいれば、共に勤めることができる。腹の子は、そうなのだろう?」

 美亜凛は、喜んで、勤めることとなった。住まいもランサムの一等地に設えられて、生まれてくる子どもの為の準備をした。共に、揮埜とその子と暮らせると思っていたのだ。

 しかし、当の揮埜には、その事実すら、知らさせてはいなかった。普段は、やはり、皇妃付き通訳という形で、皇妃に付き添っていた。何度か、夜伽の催促を受けたが、揮埜は任務を理由に断り続けた。今では、そこに美亜凛の存在があり、それに応じさせるわけもないものとなっていた。

 揮埜は、美亜凛に手紙を書いたが、それは、海を渡ることはなく、ランサムの彼女の手に届くことはなかった。

 恋人になるとか、言っておきながら、美亜凛はまた、客を取っているに違いない、そういう女だったのだ・・・。

 そうも、思ってしまう・・・離れてからこそが、揮埜にとって、美亜凛のことが思われるようになる。最愛の女(ひと)であったことに、改めて、感じ入る。

 この事実は、亥虞流派を通じて、第二皇妃には報告されていた。
 そして、美亜凛が、子どもを産むまで、この状態で、監視は続けられた。

 第二皇妃の価値観でもある『美しい子』への追及は果てしなかった。
 その実、信じられていたのが、スメラギ♂×ランサム♀の親の元で生まれる男児。これが、世界で、一番美しい子のできる組み合わせと信じていた。

 自らに応えることのない揮埜だった。
 しかし、その容色は、やはり、皇妃の好む所であり、その揮埜と、例の踊り子である美亜凛の間に、子どもが設けられたと聞き、第二皇妃は、企てを思いつく。

 美亜凛は、皇妃の期待通り、男児を産んだ。
 この時、揮埜は、第二皇妃に呼び出された。

「ランサム駐留中に、私の目を盗んで、良いことをなさって」

 揮埜は、恐らく、亥虞流派が、皇妃にリークしたのだろうと思った。

「いえね、何も、意地悪を言う為に、お前を呼び出したのではないのだよ。はあ、それにしても、私のことは、嫌いだったのだね、お前は」
「・・・」
「申し開きする気もないようですね。知っているように、スメラギ軍族の身で、他国の女と通じ、しかも、子まで為したとなると、どのような罰があるかということを・・・」
「・・・?!・・・子ども、ですか?そんなこと、一言も聴いておりません。手紙を送っても、戻ってきてしまうばかりで、私は、もう、彼女と連絡も取っていませんから」
「調べはついていますよ。彼女は、あの後、スメラギ領事館で、事務仕事に就いていて、数日前、男の子を産んだそうです。今、迎えに行っておりますよ」
「迎えに、とは、どういうことでしょうか?まさか、罰を・・・?」
「そんな、罰など、生まれたばかりの赤子に、そんな無碍なこと、するわけがございません」

 揮埜は、思いも寄らない事実に驚いた。

「・・・赤子の迎え、ということでしょうか?」
「そうですよ」
「美亜凛は・・・?」
「彼女は、本日付けで、スメラギ領事館の仕事は辞めて頂きました。そして、もう二度と、お前と、この子に会わないという約束をさせました。多額の金で、一生困らない生活ができるようにはしておきましたので、安心なさい」
「では、彼女には、おとがめは?」
「異国の籍の者ですから・・・ございません」
「ああ、・・・ありがとうございます」
「・・・まあ、致し方ございません。・・・お前が私のものにならなかった。その代わりに・・・お入り、つれてきておくれ」

 揮埜は目を疑った。
 女官は、ゆっくりと、小さな乳母車を押して、部屋に入ってきた。

「御覧なさい。お前の子ですよ。光栄を与えました。私の名付けで『桐藤キリト』と致しました。これから、この子は、この私の子として、私の手元で育てます。第一皇子の立場と致します」
「・・・見せて、頂けませんか・・・」

 揮埜は、駆け寄って、その乳母車で眠る赤子を見た。自分と同じ色のブラウンブラックの髪、ふと、目覚めたのか、小さな瞳を開けた。綺麗な金の瞳をしている。

「あああ・・・」

 その目元の面影が、美亜凛を想起させた。

「なんてことだ・・・どうして、知らせてくれなかったんだ・・・」
「まあ、場末の踊り子といえば、まだ、体のいいものでしたが、彼女は娼婦まがいの女だったのでしょう?金に目がくらんだのですよ。手切れ金を渡したら、すんなりと子どもを渡してね。きっと、お前とのことなど、もうすっかり、過去のことにしたかったのでしょうね」
「あああ・・・」

 皇妃は、泣き崩れかけた、揮埜の傍に行き、顔を覗き込んだ。

「全ては、お前が悪いのです。私の元に侍ることもせず、他国の女にうつつを抜かしました。でも、この子が、お前の命と立場、そして、母親である、あの女の命と今後を、この子・・・『桐藤』が、救いました。この子に感謝することです。お家もそのままの男爵家で、軍族の立場でいられますよ。ただ、御願いがあるのよ、揮埜」
「・・・はい」
「こんなことを、周囲に知られては、お前も困ることでしょう。全ては、秘密です。『桐藤』には、皇帝一族の遠縁の出として、帝王学を学ばせ、不羅仁フラジン皇帝の後継ぎに致します。ねえ、特務局員のお前も周知の通り、なかなか、皇后陛下がお決まりにならないから・・・。まあ、これで、スメラギの皇統の危機も救えるというもの。幸いにして、この子の、お母様譲りの、綺麗な金の瞳が、皇統の証の代わりとなります。いいですか?父親として、名乗り出るなどということは、微塵にも考えてはなりませんよ。その時には、今、留めている、お前の罪を罰しなければなりません。解りますね?」

 以来、揮埜は、その血を分けた息子『桐藤』を、スメラギの軍族として、陰ながら、見守っていくこととなる。声を掛けることすら許されず、その存在を知らせることも許されなかった。

 また、母である美亜凛は、その後、十数年に渡り、歌手とダンサーとしての活躍後、その時の手切れ金を元手にし、芸能プロダクションを設立した。

 若く美しい売れっ子のダンサーは、一度、その業界を離れていたが、このような形で、ランサムのショービジネスに戻り、花を咲かせることとなった。

 息子は、引き取られて、間もなく、病にかかり、亡くなったと伝えられた。美亜凛は、気丈にも、この悲しみを、新事業に打ち込むことで乗り切って、生き抜いていくのである。


“小さな赤い薔薇の花束 携えて 君に会いに行くよ
もう 今夜しかないんだ
明日 僕は 兵隊になって 戦地にいく
異国の地で 祖国の為に きっと戻れない

 祖国に君をおいてきた
 どうか 僕が死んだら その墓に
 同じ薔薇の花を供えておくれ

 IRON ROSE 
 いつか こんな戦いが終わる 平和な世界を願って
 IRON ROSE
 その薔薇は 砕かれずに 咲き誇れ―――“

「・・・良い歌だな」
「先の大戦の時、流行した古い曲でございますね」
うずは、よく聞くのか?」
「懐かしゅうございますね、皆様を学校にお迎えにいく時とか、待機している時に、このように、車の中で、聴くことがございます。これは、20年近く前に、リバイバルヒットしたバージョンでしたが・・・」
「藍語だな、意味は解る・・・ランサムの女流歌手か?」
「そのようでございますね・・・名前は・・・ああ、失念致しました・・・」
「もう一度、かけてもらってもいいか?」
「・・・はい、桐藤様」


「Iron  Rose」完


 御相伴衆~Escorts 桐藤追悼特別編 Family Editionより
                   「Iron Rose」④最終回 (第140話)

 お読み頂きまして、ありがとうございます。

 今回で、桐藤の両親のエピソード「Iron  Rose」が完結しました。
 
 最後のパートが我ながら、とても好きです。

 大事な繋がりなのに、誰もそれを認知することができない瞬間。
 こんな感じのことが、実際の人生の中にもあるのではないかな、と思ったりしてます。

 さて、次回は、もう一遍、桐藤のスピンオフ、大切なアイテム「桐藤のノート」についてのお話、「黒茨こくしの苑へ」をお送り致します。お楽しみに。
 

 

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