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『何もしない』をする


結婚後に申請した配偶者ビザがおりてから、
一人暮らしだった東京での引越し荷物をバタバタとまとめ、海外発送手配をし、人間が先にここへとやって来た✈️。


外に働きに出るわけではない。
車の運転をするんでもない。電車もない。
子無しは学校や塾等に関わることがない。
コミュニティ活動があるわけでもない。

家から出たとしても行動範囲は徒歩圏内に限
られるわけだが、片田舎に暮らすわたしの家
から歩いて行ける範囲には、娯楽と呼べるも
のはなくウインドーショッピングを楽しめる
ようなモールもない。


そんなわけで、このような環境下にいる専業
主婦は望む望まないに関わらず家に籠りがち
になるし、一歩も外に出ないことなんて
それほど珍しくもない。

専業主婦も名ばかりで、オットと二人だけだ
と 家事もやりたくなければやならないし、外
食も take away の頻度も高い。働きに出てい
ないんだからちゃんと家事をしなきゃという思いも、幸い さほどわいてくることはなかった。ズボラの極みだ。笑
ありがたいことに、料理をしなくともオット
に攻められることもない。 「なんのために食堂があるんだよー」と、レストラン側の視点
をも持つ彼だった。料理を得意としないわた
しには願ったり叶ったりである。

ひとりだと必然的になんでもやらざるを得な
いが、それに加えここはアウェイ。いいんだ
いいんだ、おんぶに抱っこ。もし日本🇯🇵だったら立場はきっと逆だねん。

そんな感じにゆるゆるにスタートしたここで
の生活は、ご承知の通り他人様と接すること
は ほとんどなかった。


******


引越して来る前は、(仕事を持たずして)職場
に行かなくとも、都市部とは違うローカル色
にどっぷり浸かって、それなりに楽しくやっ
ていくだろうとぼんやり思い描いていた。

が、滞在期間が徐々に長くなってきても、
言葉はちっとも覚えない。そらそーだ、誰とも関わらないんだから。それどころか
コミュニケーション能力自体も落ちてゆく。

コロナ前には『そういや ここ1週間(時に10日
間、2週間とかも) 一歩もどっこにも外に出て
ないなぁ....』なんてのは度々あったが、そし
てコロナが始まってからは いよいよ更に出な
く(出れなく)なった。

人と関わらないことがつらいわけでも、ぐう
たらに過ごすことに罪悪感があるわけでもな
いのだが、引きこもることが多くなると
今一体どこにいるんだ、わたしは毎日毎日
何をしているんだ、どこにいてもおんなじ
じゃないか… と思うようになってくる。

ただコロナになったその頃は、春馬くんの件
もありちょうど動画を見あさるようになって
いた時期で、スピ系のも含め様々な動画を見
るようになっていた。

この世のおかしな仕組み、ごくわずかな支配
者層、ピラミッド型になっている世界、思考
と感情、宇宙の仕組み、右脳で生きる、量子
力学、我々は光の粒々、各個人のなかに宇宙
がある、ひとりひとりが創造主......... 

なにもしなくたっていい。我々は生きている
だけで ただそれだけで価値がある。

まさに明石家さんま曰く『生きてるだけで丸
儲け』なのだ。


そして去年見たこの動画。
『最適な配置』、なんと嬉しい言い方だろう。
なにか意味があってわたしはココにいる。
ココで生かされている。そう思うとなんか
ホッとする。たまに見たくなるこの動画の
前半部分だ。



******

『~~ねばならない』『~~すべき』は
全て 取っ払って、ただ 淡々と過ごす。
善も悪もない。思い込みでできている幻想の
世界。不快な周波数を手放しチューニングし直す。常にニュートラルな位置に立つ。
俯瞰して見る。

わたしは何がしたい? どうありたい? どう生きたい?  外側は一切関係ない。人にどう思われてもいい。やりたいことをする。自分に向き合う訓練はまだまだ続く。


今回の振り返り記述、読んでくださり
どうもありがとうございました。




過去にこんなことも書いています。



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