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思い出の味
今住んでいる国に来て一年も経っていない頃、老夫婦の家の一部屋を借りて、まるで彼らの娘かのように共同生活をしていたことがある。夫婦は日本語を話さないがとても優しく穏やかだった。
現地の言葉はままならず、外にいる時はいつも独りで何をするにも言葉の壁にストレスを感じていた。ここは冬になると毎日がどんより曇り空で、良くも悪くもストレートな物言いをする文化に私はよく傷ついて、鋭くて冷たい風に対して「天候ですら私を癒すつもりはないんかい」と思いながら家路を歩いた。
たどり着いた家の扉を開けば、彼らの飼っている2匹のラブラドールが飛び出してきて元気に迎えてくれた。そこからキッチンへ向かうとお父さんが大きな声で歌いながらご飯の支度をしていて、私はよく傍らの椅子に腰かけて今日のことをカタコト話した。そこには大きな窓があって、庭の木蓮や枝にとまるコマドリを見ながら料理ができて本当に素敵な場所だった。お父さんはよく物を焦がして火災報知器を鳴らしていたが、彼の作る料理はとても美味しく元気が出た。
寒い季節に作ってくれたチコリの料理、オンディービエと名前の響きを覚えていたけど調べてみるとアンディーヴというそうな。オーブンを使った料理で、ハムとスライスチーズでチコリを巻いてあってその上にホワイトソースがかかっている。くるまれてよく熱されたチコリはくたくたになっていて、ナイフを入れると溶けたチーズと一緒に水分が出てくる。こっくりしたホワイトソースとほどよく混ざって、思うよりもあっさりと食べられる。そしてバターとチーズのたっぷりカロリーが確かに体をあたためてくれた。
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これは全くの偶然なのだが、私がショボンとした日はお父さんがこのアンディーヴを作ってくれていた。めっちゃくちゃ美味しいね~~と話しているうちに嫌な気持ちは消えてしまって、その優しい味に思わずほろっとしたものだった。
日本から離れて全く別の国にこんな関係を築けるとは夢にも思っていなかった。お父さんとお母さんと私と、ソファに座っている私の両脇にはぴっとり犬が2匹くっついていて、今でもそのあたたかい食卓は忘れない。