美味しいコーヒーでも、インスタ映えの為でもなく、カフェに行き続ける理由
土曜の朝、わりと最近通い始めた隣駅の歯医者さんへ行った。
11:30頃に診察は終わって、「さて、お昼ごはんはどうしようかな~」
なんて考えながら駅までの道を歩き始めた矢先、左手にあったシンプルな文字看板が突如目に入ってきた。
【☜COFFEE】
思わず矢印の先を見ると、一見ただの倉庫のような古びれた建物の2階がリノベーションされてカフェとなっているのが見えた。
「なぬ、こんなところにカフェが!!!」(←心の声)
歯医者に来るのはその時が3回目で、毎度同じ道を通って帰っていたはずだから、今までの2回は気付かずに素通りしていたらしい。一抹の悔しさを感じながらも、こうして出会えた縁に感謝し、お店に足を踏み入れた。
まずランチセットに大好物のタコライスを見つけて喜び、食後のカフェラテにラテアートが描かれていてもうひと喜びし、その後は何をするでもなく30分くらい席でたそがれて、大満足でカフェを後にした。
考えてみると、大学生以降の私の人生はカフェなくしては語れない。
休日には友達とカフェでおしゃべりをして、試験期間になるとカフェで勉強。留学先でも放課後は毎日のように新たなカフェを開拓。そして極めつけは、4年間続けたカフェでのアルバイト。一時は2つのカフェを掛け持ちして、1日にオープン作業とクローズ作業をするなんてこともあった(笑)それでも「バイト嫌だなあ~」と思うことは1回もなかったから、カフェでの仕事は自分の性に合っていたんだなと今考えてみると思う。
SNS、特にインスタが流行り始めてからというもの、休日はおしゃれなカフェに行くことを楽しむような人は性別問わず増えたし、コーヒーを飲む習慣が若い人に一気に根付いたように感じる。もちろん、そういう私も御多聞にもれず、趣味はと聞かれたら「カフェ巡り」と答えてしまうような人間なので、ミーハー認定されても仕方ない。
ただ、大学生時代の半分以上をカフェで過ごしてきた身としては、
「ミーハーはミーハーでもただのミーハーじゃないんだぞ」といういらないちっぽけなプライドがあるので、1つだけ言わせて頂きたい。
私がカフェに行き続ける理由。
それは、
「美味しいコーヒーが飲みたいから」ではなく、
「インスタ映えするおしゃれな場所にいきたいから」でもなく、
「心が自由を感じるから」なのだ。
実を言うと、私はいつ頃からか"生き急ぐ"癖がついてしまった。
ついつい世間や他人を気にしすぎて疲れてしまう。
次は何をやるべきだろうかと常に何かに追われていて、
今日という日を何かしら意味のある1日しようと必死になる。
そんな毎日を送っているせいでストレスを抱えることも多く、
精神的に疲れてしまって体調を崩すことも度々あった。
そんな私が唯一心を安らげることが出来るのが、カフェにいる時間だった。
静かすぎなくて、すこしざわざわした空気感。ジャズやオルゴール音楽が流れる、ゆったりとした雰囲気。もくもくと作業をする人、楽しそうにおしゃべりをする人。働いている店員さんの明るい接客の声。
カフェという存在が創り出す混沌とした空間が妙に居心地良くて、
ついつい何時間も過ごしてしまう。つまるところ、「映え」も「コーヒー」も必要なくて、ただ心を休めてくれる「居場所」だけをカフェに求めているだけなのかもしれない。そんなことを思った。
社会人となった今も休日はカフェで過ごすことが多い。
まさにNO CAFE, NO LIFE。(やっぱりミーハー感は否めない。。。)
今回の一件で、歩いていてカフェを見つけられるくらいの心の余裕は普段から持っていなきゃだよなあと気づかされ、またカフェに救われたのでした。
皆さんの日常にも、
「心が自由を感じる」
そんな瞬間が溢れていますように・・・