見出し画像

「決して転倒を起こしてはいけない」という信念は、患者の移動を制限する環境をつくる

▼ 文献情報 と 抄録和訳

「移動は医療」を目指して;高齢者の社会生態学的要因と病院での移動について

Pavon, Juliessa M., et al. "Towards “mobility is medicine”: Socioecological factors and hospital mobility in older adults." Journal of the American Geriatrics Society (2021).

[ハイパーリンク] DOI, PubMed, Google Scholar

[背景] 病院内での移動に影響を与える要因を理解することは、特に転倒予防に力を入れている中で、ケアの改善に必要である。

[目的] 本質的研究では、社会生態学的な枠組みを用いて、高齢者の病院内移動に影響を与える要因を探る。

[方法] デザイン→質的研究。参加者→アカデミックヘルスシステムに属する2つの病院において、医学的に不調な入院中の高齢者(n=19)と医療従事者(病院勤務医、看護師、理学療法士、作業療法士(n=48))を対象に、半構造化インタビューとフォーカスグループを実施した。アプローチ→インタビューとフォーカスグループのガイドには、移動の必要性の認識、移動に関するコミュニケーション、病院の移動文化、患者の歩行活動の認識に関する質問が含まれていた。データはテーマ別に分析され、社会生態学的モデルの構成要素にマッピングされた。

[結果] 患者と医療従事者の間で一貫していたのは、「移動は医療である」ということであった。院内での歩行活動に影響を及ぼすと報告された要因のカテゴリーには、個人内要因(患者の健康状態、転倒の恐れ)、対人要因(移動に関する患者と医療従事者のコミュニケーション)、組織的要因(医療従事者の役割と責任の明確化、患者の安全な取り扱いに関する知識、移動のための理学療法への依存)、環境的要因(転倒は決して起こらない事象、患者の病院内での地理的位置)が含まれていた。これらの要因のうちいくつかは、潜在的に修正可能な介入対象として特定された。患者と医療従事者は、患者の歩行活動に関する認識を向上させること、移動に関する役割と責任を割り当てること、患者と医療従事者間の教育とコミュニケーションを分野を超えて強化することなどの提言を行った。

[結論] 患者と医療従事者は、入院中の高齢者を対象とした将来の早期モビリティイニシアチブのために重要な要素を特定した。これらの要因を介入策の開発と実施のすべての段階で考慮することにより、インパクトと持続性を高めることができる。

▼ So What?:何が面白いと感じたか?

近年、公園から危険な遊具が、学校の体育から危険な種目が姿を消しているらしい。世界は、危険を排除する方向に徐々に動いていくものなのだろうか。

近代科学の抱いている目標は、できる限り微かな苦痛、できる限り長い生命
ニーチェ

だが、その世界には、圧倒的に「経験機会」が欠落しうる。危険のない世界で、どうやって安全と危険の境界線を学べば良いのだろう。無誤学習は存在しえないだろう!『病院においてもそうだ!』というのが、今回の論文である。アメリカ版の医療保険「メディケア」では、近年、院内で発生した転倒に対しては医療保険が適応されない(ネバーイベントに院内転倒が指定された)という鬼のルールができたらしい。そのルールによって、患者が移動量を増やし、自らよくなっていくという機会が奪われつつあるのではないか、と主張している。これは、日本の医療機関に従事している自分としても非常に共感できる話題だ。『失敗の許容』というお題について、もっと一生懸命になろうと思った。以下のような考えも必要なのかもしれない。

娘たちを信頼していたし、娘たちもわたしを信頼した。危険なことは避けたけれど、リスクが限られていれば娘たちが新しいことに挑戦するのを邪魔しなかった。『【エスター・ウォジスキー】TRICK:世界一の教育法』より