自己訓練量を増大させる「プレコミットメント」 事前に失敗可能性を選択しないことを約束する
▼ 文献情報 と 抄録和訳
脳卒中後の認知機能回復のための意思決定-脳科学的介入
Studer, Bettina, et al. "A decision-neuroscientific intervention to improve cognitive recovery after stroke.” Brain 144.6 (2021) 1764-1773.
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[背景・目的] 脳卒中後の機能回復は、リハビリテーション・トレーニングの量に依存する。しかし、リハビリ・トレーニングには動機付けのハードルがある。意思決定神経科学は、行動の促進要因と抑制要因を公式化し、動機付けのトレードオフを変えて行動を変えるための戦略を提供する。ここでは、そのような戦略の1つである前もっての自発的選択の制限(「プレコミットメント」)を用いて、重度の障害を持つ脳卒中患者の自己訓練量を増加させることができるかどうかを検証した。
[方法] この無作為化比較試験では、ワーキングメモリに障害のある脳卒中患者(n=83)を対象に、急性期入院中の神経リハビリテーションにおいて、標準的な治療に加えて、ゲーム性のある認知トレーニングを毎日処方した。プレコミットメント介入に割り当てられた患者は、競合する選択肢を自己訓練に制限することを選択できた。
図:試験デザイン、募集、割付、解析
両群とも、統合失調症患者の視空間作業記憶能力を向上させることが示されている記憶ゲーム「Wizard」のeセラピーを受けた。プレコミットメント群には、コンプライアンスを高めるために、訪問者を制限して面会時間をセラピーに充てるか、合意した目標に到達しないときには治療担当医師に報告するか、という2つの異なる選択肢が与えらた(後者を選んだのは1人だけだったが)。この前もっての選択肢の制限は、介入グループのすべての患者が選択した。
[結果] プレコミットメント群の患者は、プレコミットメントを提供されなかった対照群の患者と比較して、処方されたゲーム化された認知トレーニングを2倍の頻度で行った(50%対21%の日に実施、Pcorr = 0. 004, d = 0.87, 95%信頼区間(CI95%) = 0.31~1.42]となり、その結果、3倍の総トレーニング量(90.21分対33.60分、Pcorr = 0.004, d = 0.83, CI95% = 0.27~1.38)に達した。さらに、自己管理型の認知トレーニングを追加することで、視空間および言語ワーキングメモリのパフォーマンスがより強く改善された(Pcorr = 0.002, d = 0.72およびPcorr = 0.036, d = 0.62)。
[結論] 脳科学的な判断を加えた介入は、重度の障害を持つ脳卒中患者が行う効果的な認知トレーニングの量を強く増加させた。これらの結果は、意思決定に基づく神経科学的介入を臨床結果に直接結びつけるための本格的な臨床試験を行うことを推奨するものである。
▼ So What?:何が面白いと感じたか?
面白さ①:『意思決定神経科学』という名前の提供
最近、動機付けをコントロールして行動変容を促す介入研究が増えてきている。そして、その方向性はいろいろある。目標設定に介入するもの、ウェアラブルセンサーを用いるもの、スマホアプリを用いるもの、面談するもの・・・、多岐にわたる。モヤモヤっと、似たような方向性で、多分同じクラスターに入るのだろうけど、1個の明確なジャンルになりきれない、紐付けしにくい、という感覚を持っていた。みなさんも、意識しないまでも、モヤモヤっとした感じをお持ちではなかったか?
そこに、この『意思決定神経科学』という用語がきた。説明では「意思決定神経科学は、行動の促進要因と抑制要因を公式化し、動機付けのトレードオフを変えて行動を変えるための戦略を提供する」とある。かっこいい!簡易的!イメージしやすい!これで、すべてがくくれると思った。今後は、この名前のもと、いろんな知識が収束されていくことが約束された。そして、「意思決定神経科学」という一個の大きなフォルダができたことで、その領域を想起しやすくなった!下位ドメインも整備してゆける。
まさに、名前理論・名付けの威力である。
面白さ②:プレコミットメントはあらゆる場面に使えそう
超名著、「7つの習慣」の中で、部下に業務委託する際の方法論であるデレゲーションの5つのポイントが明示されている部分がある。
その1つとして、ガイドラインの提示というものがあって、それは事前に失敗可能性が高い方法は明確化しておくということだ。
プレコミットメントは、この考え方に似ていると思った。
今回の研究の場合、自主トレを失敗させる可能性を高める要因として「訪問者との談話」があることを事前に明示し、それを選択しない約束をしていた。
この方法は、治療場面だけではなく、先ほどの部下指導の場面、子育て、あらゆる局面に応用可能な方法だ。
その方法は簡単で、事前に、望ましい行動の履行率を下げる要因を明らかにして、それを選択しないことを当事者と約束する、だけだ。
履行の質より、量が生長を規定すると信じるので、今回のプレコミットメントは、尊い技術だと感じた。
この論文の注目度は【Brain】編集部でも高かったらしく、雑誌内で解説が組まれているので、そちらも参照されたい。
Doogan, Catherine, and Alex P. Leff. "The cost to see the Wizard: buy-ins and trade-offs in neurological rehabilitation." Brain 144.6 (2021): 1627-1628.
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